2017年9月24日日曜日

ゲーテ「変転のなかの持続」①

ここで、藤村からヨーロッパへとさっと飛んで、ドイツの大詩人ゲーテの「Dauer im Wechsel(変転のなかの持続)」をちょっとだけ、読んでいきます。まずは、ざっと訳をつけてみました。


Dauer im Wechsel
       
Hielte diesen frühen Segen,
Ach, nur Eine Stunde fest!
Aber vollen Blütenregen
Schüttelt schon der laue West.
Soll ich mich des Grünen freuen,
Dem ich Schatten erst verdankt?
Bald wird Sturm auch das zerstreuen,
Wenn es falb im Herbst geschwankt.

Willst du nach den Früchten greifen,
Eilig nimm dein Teil davon!
Diese fangen an zu reifen,
Und die andern keimen schon;
Gleich mit jedem Regengusse
Ändert sich dein holdes Tal,
Ach, und in demselben Flusse
Schwimmst du nicht zum zweitenmal.

Du nun selbst! Was felsenfeste
Sich vor dir hervorgetan,
Mauern siehst du, siehst Paläste
Stets mit andern Augen an.
Weggeschwunden ist die Lippe,
Die im Kusse sonst genas,
Jener Fuß, der an der Klippe
Sich mit Gemsenfreche maß.

Jene Hand, die gern und milde
Sich bewegte, wohlzutun,
Das gegliederte Gebilde,
Alles ist ein andres nun.
Und was sich an jener Stelle
Nun mit deinem Namen nennt,
Kam herbei wie eine Welle,
Und so eilts zum Element.

Laß den Anfang mit dem Ende
Sich in Eins zusammenziehn!
Schneller als die Gegenstände
Selber dich vorüberfliehn!
Danke, daß die Gunst der Musen
Unvergängliches verheißt,
Den Gehalt in deinem Busen
Und die Form in deinem Geist.

変転のなかの持続

ああ この早々とおとずれる天恵を
ほんのいっときでも確ととらえておけたら!
なのにもう咲きみだれる花びらの雨を
生ぬるい西風はふりうごかしにかかっている
わたしに最初の木蔭をさしだしてくれる
この緑樹をうれしく思えというのか
秋になり黄いろくあせてふらつけば
じきに嵐がまき散らしてしまうのだろう

きみが果実を手にしたいとのぞむなら
すぐさまそこから分け前をつかむことだ
こちらが熟しはじめているときには
あちらはもう芽を吹いているのだから
激しい雨のたびごとにいつだって
きみをなだめる谷あいも姿を変えてしまう
ああそして おんなじ川の流れのなかで
きみは二度とふたたび泳ぐことはない

いや きみ自身だって!
岩のように頑強に
きみの前に現れた城壁を 宮殿を
不断にちがうまなざしで見つめている
口づけによっていちどは
救われたくちびるも
断崖にたつ不敵なカモシカにも劣らない
あの足も 消えうせてしまったのだ

喜びのためこころよく
穏やかに動いていたあの手
系統だってつながれた形象も
すべてがいまや異なっている
そしていま それらに代わって在る
きみという名で呼ばれているものさえ
波のようにこちらへ寄せては
すぐさま四大へと還っていく

始まりを終わりとむすんで
ひとつのものへとたぐり寄せよ!
事象よりも素ばやくはねて
きみ自身を過ぎてされ!
詩神の恩ちょうに 感謝せよ
それは不滅なものを約束してくれるのだ
きみのこころに真のねうちを
そしてきみの精神にかたちを

2017年9月23日土曜日

島崎藤村『若菜集』(31)

 「逃げ水」を通してもういちど読み直しておきましょう。

ゆふぐれしづかに
     ゆめみんとて
よのわづらひより
     しばしのがる

きみよりほかには
      しるものなき
花かげにゆきて
     こひを泣きぬ

すぎこしゆめぢを
     おもひみるに
こひこそつみなれ
     つみこそこひ

いのりもつとめも
     このつみゆゑ
たのしきそのへと
     われはゆかじ

なつかしき君と
     てをたづさへ
くらき冥府までも
     かけりゆかん

「逃げ水」について、『島崎藤村事典』で笹淵友一は次のように解説しています。

『翻案の方向は清教徒的信仰から恋愛至上主義への方向であって、それは"かみ"が"きみ"に変わるところに端的に現われている。

藤村の信仰の対象としての神が恋愛の対象におきかえられた過程は『桜の実の熟する時』にも書かれている。

この詩の構成は、宗教感情を浪漫的な恋愛感情に変質させた1、2連から出発して、第3連に〈こひこそつみなれ〉という罪意識を前提としながら〈つみこそこひ〉という意識的な異端、反宗教の態度を打ち出し、第4連に楽園を自ら拒否して、〈なつかしき君と/てをたづさへ/
くらき冥府までも/かけりゆかん〉という、終連において地獄の苦患をかけて恋に殉じようとする想念に到達している。


この終連の想像はダンテ「神曲」地獄変第5歌のフランチェスカとパオロとの恋と関連があると思う。(第4連の罪意識にもフランチェスカとパオロの恋がかげを投げていよう。)

いずれにせよ、藤村の内部にはこういう暗い情熱が潜んでいた。なお「逃げ水」という題については「行方をまどわす暗い情熱の力」を意味するという解釈がある。』

讃美歌の翻案とはいっても、八六調の心地よい響きをもった近代的な定型詩となっています。「語音の流れがひそやかで、それがこの詩のしめやかな情感を誘い出す上に効果的な働きをしている」(『日本の詩歌』島崎藤村)ともいえるでしょう。

いずれにしても、この詩には、信仰としての宗教と芸術としての文学に対する藤村のアプローチのしかたが端的に表れていると考えることができそうです。

やや中途半端ですが、このへんでひとまず、藤村の『若菜集』から離れることにします。『若菜集』の日本の近代詩や日本語に与えた影響や意味づけについては、勉強が進んだ段階で、改めてきちんと考察したいと思っています。

2017年9月22日金曜日

島崎藤村『若菜集』(30)

 第3連は、「逃げ水」の核心部です。

すぎこしゆめぢを
     おもひみるに
こひこそつみなれ
     つみこそこひ

原詩は「すぎこしめぐみを おもひつづけ/いよゝゆくすゑの さちをぞねがふ」。

「すぎこしゆめぢ」は、愛する人といっしょに過ごしてきた浪漫的な恋愛の日々を暗示しています。

原詩の「いよゝゆくすゑの さちをぞねがふ」という敬虔な思いを表現した1行が、「こひこそつみなれ/つみこそこひ」と、「キリスト教的感情がくるりとルネッサンス的現世謳歌にかわって」(島田謹二『近代比較文学』)しまったことになります。

『島崎藤村詩への招待』では、次のように「鑑賞」しています。

〈人間主義をもって自らの生と恋の孕む一切の情念を肯定する姿勢が大胆にうたわれているのである。

したがって「こひこそつみなれ」と一種の罪悪感を断定的に訴えても、そこには作者の罪そのものへの深い懼れやおののきが必ずしも深く自覚されているわけではない。〉

 そして4連目と5連目は――

いのりもつとめも
     このつみゆゑ
たのしきそのへと
     われはゆかじ

なつかしき君と
     てをたづさへ
くらき冥府〈よみ〉までも
     かけりゆかん

「たのしきそのへと/われはゆかじ」は、旧約聖書の「創世記」にあるアダムとイヴの楽園喪失の物語、すなわち「失楽園」=写真、wiki=をふまえています。


「創世記」第3章の挿話によると、蛇に唆されたアダムとイヴは神の禁を破って「善悪の知識の実」を食べてしまったため、最終的にエデンの園を追放されます。

ここでは、「うれひもなやみもわたみかみに/まかすることをぞよろこびとせん」などと、神の意に任せることを「よろこびとせん」とする原詩とはまったく対照的に、「いのりもつとめも」やめて、神の国へ行くこともなげうって、恋が罪ならば罪人と呼ばれても愛する人と「てをたづさへ」て、ともに地獄の底へ墜ちて行ったほうがよいと開き直っています。

藤村には、ミルトンの「失楽園(パラダイス・ロスト)」の 翻案とされる、明治27年1月「文学界」に掲載された「草枕」という劇詩があります。この中で、

アダム「この花園ばかりが宿かいの。二人で添ふて暮すなら、あのおそろしい地獄も極楽」
イヴ「こうして添はるゝものならば、闇でもいゝ。地獄でもいゝ」

といわせているのと共通しているところがありそうです。

2017年9月21日木曜日

島崎藤村『若菜集』(29)

「逃げ水」は、『新撰讃美歌』(植村正久訳)第四「礼拝夕」(現在の讃美歌297番「祈祷」)を、恋歌へと改作したものです。

日本のキリスト教教会の形成に大きな役割を果たした植村正久(1858-1925)=写真、wiki=は1887(明治20)年、東京の千代田区に日本一致教会(日本基督教会)の教会を設立しました。後の富士見町教会です。


翌1888年(明治21)年、植村は「ゆふぐれしづかに いのりせんとて」としてこの讃美歌を訳し、1890年には歌がつけられました。そして、明治20年代には若者たちに広く愛誦されたそうです。

ある時期、この教会に通っていたことのある藤村はきっと、この讃美歌が気に入り心に刻まれていたのでしょう。その歌詞は、次のようなものです。

1 ゆふぐれしづかに いのりせんとて
 よのわづらひより しばしのがる

2 かみよりほかには きくものなき
 木かげにひれふし つみをくいぬ

3 すぎこしめぐみを おもひつづけ
 いよゝゆくすゑの さちをぞねがふ

4 うれひもなやみも わたみかみに
 まかすることをぞ よろこびとせん

5 身にしみわたれる ゆふくれどきの
 えならぬけしきを いかでわすれん

6 このよのつとめの をはらんその日
 いまはのときにも かくてあらなん

「逃げ水」の第1連と2連を、植村正久訳の讃美歌と比較しながら眺めてみましょう。

ゆふぐれしづかに
     ゆめみんとて
よのわづらひより
     しばしのがる

きみよりほかには
      しるものなき
花かげにゆきて
     こひを泣きぬ

第1連では、「いのりせんとて」を「ゆめみんとて」に変更しただけですが、これによって宗教的な詩情が一気に、浪漫的な色取りを帯びてきます。

「よのわづらい」は、世間的に心を悩ませること、苦労、迷惑、めんどう。『日本近代文学大系15 藤村詩集』で剣持武彦は「原歌詞では物質的、功利的、世俗的なわずらわしさだろうが、この詩では、人間の自由を抑圧する世俗的な慣習・束縛を意味している」としています。

第2連でも、「かみ」を恋人である「きみ」に、「つみ」を「こひ」にと、置き換えることによって、「懺悔の歌から悲恋の詩というかたちでより多く文芸的な世界を作り出している」(神田重幸『島崎藤村詩への招待』)ということがいえそうです。

2017年9月20日水曜日

島崎藤村『若菜集』(28)

 きょうから読むのは「逃げ水」です。

  逃げ水

ゆふぐれしづかに
     ゆめみんとて
よのわづらひより
     しばしのがる

きみよりほかには
      しるものなき
花かげにゆきて
     こひを泣きぬ

すぎこしゆめぢを
     おもひみるに
こひこそつみなれ
     つみこそこひ

いのりもつとめも
     このつみゆゑ
たのしきそのへと
     われはゆかじ

なつかしき君と
     てをたづさへ
くらき冥府〈よみ〉までも
     かけりゆかん


この詩は、仙台時代の「文学界」46号(明治29年10月)に「一葉集」と題して発表された「こひぐさ」9篇の「其八」にあたります。

明治30年に出版された『若菜集』では、「逃げ水」として収録されました。八六調の5連からなり、讃美歌を原典としています。

明治20年代のナショナリズムの勃興と相まって、藤村たちは日本の古典文学への認識を新たにし、そこから着想を得ることが多々ありました。

その一方で、キリスト教をはじめとする西洋の文学や思想の影響を強く受けます。

「文学界」の同人のほとんどが洗礼を受け、讃美歌の歌詞や形式が日本の伝統的な詩情にない新鮮なものとして、藤村の新体詩にも大きな影響を及ぼします。

この詩の題名の「逃げ水」とは、汲もうとして近寄ると、遠くに逃げてしまう幻の水のことをいいます。別名「地鏡」とも呼ばれ、武蔵野にあるといい伝えられてきました。

散木奇歌集(1128年ごろ)に、「東路(あづまろ)にありといふなる逃げ水の逃げかくれても世を過ぐすかな」(巻九雑上)とあります。

風がなくて晴れた暑い日に、アスファルトの道路などで遠くに水があるように見える現象のこと。近づいてみてもそこに水はなく、さらに遠くに見えるので、まるで水が逃げていくように見えるため、こう名づけられたようです。

いわゆる蜃気楼の一種で、地表付近の空気が熱せられ膨張することによって一部の屈折率が変わってプリズムとなるため、上のほうの景色があたかも道路の表面に映ったように見える現象と考えられています。

藤村は、逃げ水を地底にひそかに走る流水ととらえ、転じて地の底の水に、人目をはばかる人知れぬ恋心や悶々とした盲目的な想いを、象徴させようとしていたようです。

2017年9月19日火曜日

島崎藤村『若菜集』(27)

 「四つの袖」の第2連と第3連は次のようになっています。

をとこの熱き手の掌〈ひら〉の
お夏の手にも触るゝとき
をとこの涙ながれいで
お夏の袖にかゝるとき

をとこの黒き目のいろの
お夏の胸に映るとき
をとこの紅き口脣〈くちびる〉の
お夏の口にもゆるとき

「をとこの熱き手の掌の/お夏の手にも触るゝとき」、「をとこの黒き目のいろの/お夏の胸に映るとき」、触覚で、視覚でしる男の激しい欲情が、お夏の恋心を燃え立たせます。


そして、「をとこの紅き口脣の/お夏の口にもゆるとき」と、さらなる官能の高まりを見せていきます。同じ『若菜集』にある「おくめ」という詩の第6連は次のようになっています。

しりたまはずやわがこひは
雄々〈をゝ〉しき君の手に触れて
嗚呼口紅〈くちべに〉をその口に
君にうつさでやむべきや

「おくめ」はここで、愛情のあかしとして、口紅を相手の男の唇に残したい欲求に駆られているのです。そして、次の「おくめ」第9連では、恋心と官能が結び合わさって炎となって燃え上がります。

心のみかは手も足も
吾身はすべて火炎〈ほのほ〉なり
思ひ乱れて嗚呼恋の
千筋〈ちすじ〉の髪の波に流るゝ

これらと同じように「四つの袖」の3連でも藤村は、男と女の恋愛が成就し、いのちが輝く瞬間を激しく歌いあげているのでしょう

そして結びにあたる第4連では――

人こそしらね嗚呼〈あゝ〉恋の
ふたりの身より流れいで
げにこがるれど慕へども
やむときもなき清十郎

一転、第3者的な立場になって歌われていきます。「人こそしらね」から、2人の恋は、人に知られぬ、ひそかな、さらには秘密の恋だったことがうかがえます。

そうした世間的に許されることのない間柄にある2人が、激しい恋心によってより強く結びけられていく様子が語られていきます。

「げに」は「現に」の転で、そのとおり、ほんとうにの意。「こがる」は、恋心で胸が焦がれる、「慕へども」の「慕ふ」も、恋い慕うこと。

こうした、お夏に対する切ないまでの恋心は、たとえそれが成就しても、決して絶えることなく清十郎の胸の中に募っていくということでしょうか。

最後に名前が記された「清十郎」は、主家の娘お夏との密通と、その家の金を盗んだ疑いで刑死します。ただし西鶴や近松の作品では、盗みのほうは冤罪となっています。

2017年9月18日月曜日

島崎藤村『若菜集』(26)

 きょうから『若菜集』の「四つの袖」という詩に移ります。 

  四つの袖

をとこの気息〈いき〉のやはらかき
お夏の髪にかゝるとき
をとこの早きためいきの
霰〈あられ〉のごとくはしるとき

をとこの熱き手の掌〈ひら〉の
お夏の手にも触るゝとき
をとこの涙ながれいで
お夏の袖にかゝるとき

をとこの黒き目のいろの
お夏の胸に映るとき
をとこの紅き口脣〈くちびる〉の
お夏の口にもゆるとき

人こそしらね嗚呼〈あゝ〉恋の
ふたりの身より流れいで
げにこがるれど慕へども
やむときもなき清十郎

藤村が仙台へ移り住んだ直後の1896(明治29)年10月「文学界」に発表されました。「こひぐさ」の其五にあたります。

「四つの袖」は、お夏と清十郎を題材にしています。「お夏清十郎」は、寛文2 (1662)年 に播州姫路で実際に起きた駆落ち事件を題材にした一連の文芸作品のことで、「お夏狂乱」とも呼ばれています。


伝承による事件のあらましは次の通り。

姫路城下の大きな旅籠、但馬屋の娘、お夏は、恋仲になった手代の清十郎と駆け落ちをしますが、すぐに捕らえられてしまいます。

清十郎はかどわかしにくわえ、店の金を持ち逃げしたぬれぎぬまで着せられて打ち首となります。一方のお夏は、狂乱して行方をくらませ、誰も二度とその姿を見ることはなかったといいます。

姫路市内の慶雲寺に2人の墓があり、毎年8月9日に「お夏清十郎慰霊祭」が催されています。

お夏と清十郎の悲劇については、寛文年間に江戸中村座で歌舞伎舞踊「清十郎ぶし」が上演されたのを皮切りに、この事件を題材にした作品が次々と書かれていきました。

貞享3 (1686)年 には、井原西鶴が浮世草子「好色五人女」の第1章に「姿姫路清十郎物語」を書き、それを脚色して宝永4年(1707)年、近松門左衛門が世話物の人形浄瑠璃に仕立てた「五十年忌歌念仏」は、繊細な心情に迫った秀作とされています。

をとこの気息〈いき〉のやはらかき
お夏の髪にかゝるとき
をとこの早きためいきの
霰〈あられ〉のごとくはしるとき

ここにあげた「四つの袖」の冒頭の第1連は、先日読んだ「初恋」を思い起こさせます。「初恋」の第3連は、次のようなものでした。

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃〈さかづき〉を
君が情〈なさけ〉に酌みしかな

詩「初恋」をおおっていた清純なイメージから一歩踏み出した「わがこゝろなきためいきの/その髪の毛にかゝる」という表現は、「四つの袖」では「をとこの気息のやはらかき/お夏の髪にかゝる」と、より突っ込んだ艶やかな雰囲気に仕立てられています。

「をとこ」の仕草は、愛する女(お夏)に対して常に積極的で、挑発的です。まさに「早きためいき」は「霰のごとくはし」っていくのです。

男は誘惑者であり情念を注いで挑みかかり、お夏の官能を目覚めさせていこうとしているように思われます。