2016年3月10日木曜日

史上最大の民族脱出

第2次大戦はスペインの内戦によって口火が切られた、ともいわれています。1936年に始まった、人民戦線(共和派)政府とフランコ将軍率いる右派反乱軍との争いです。

まだ20代初めの大学生だった私は、この内戦にかかわる2冊の本に出あって、決定的な影響を受けました。ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』と、ロバート・キャパの写真集『戦争――そのイメージ』です。

内戦を取材して新聞記事を書こうと、オーウェルは1936年にスペインに赴きます。

しかし、バルセロナでやがて、フランコ軍に対抗する義勇軍のひとつPOUM(マルクス主義者統一労働党)アラゴン戦線分遣隊の伍長として参戦することになります。

その際の経験をもとに書かれた迫真のルポルタージュが、『カタロニア讃歌』です。

ある朝、オーウェルは、味方の塹壕内で敵弾を受けます。昇る陽を背に、交代する見張りの歩哨と話していると突然、パンという大きな音と閃光につつまれ、電極にでも触れたような衝撃を感じたのです。

「弾がどこか体の前の部分にあたったらしいことはわかった。口をきこうとしたが、声が出なかった。かすかにキーキーというだけだった。しかし、もう一度ためしてみると、なんとか、どこをやられたか、と訊くことができた。咽喉だという返事だった」

「かかえ起こされると、口からたくさんの血が流れでた。後ろでスペイン兵が、弾は首をきれいに突きぬけている、というのが聞こえた」(橋口稔訳・カタロニア讃歌)

キャパは、ハンガリー生まれの米国の報道写真家です。35ミリのライカを携えてオーウェルと同じ36年、内戦に飛び込みます。そして、コルドバで、人民戦線の兵士が頭を撃たれて倒れる一瞬を至近距離から写して、世界を驚かせます。

『戦争』には、有名なこの1枚にはじまり、スペイン内戦関連の写真が18枚入っています。私には「兵士の死」よりむしろ、内戦が終わる39年に撮影された18枚目の、どこまでも続く避難民の列を撮った写真のほうが強く印象に残っています。


その写真には、キャパの次のような一文が添えられています。

「6週間を越える期間、普通の市民たちや共和派の軍隊がカタロニアから退散した。40万人余りの人々が、国境を越えてフランスに流れこんだ。これは恐らく人間の歴史上、最大の民族脱出であろう。その特殊な性格、すなわち、ふつうの避難民だけでなく、ひとつの全軍勢の退却という点で、この脱出は新しい問題となった」

ところで話は、マチャードに移ります。1912年、最愛の妻レオノールを肺結核で失ったアントニオは、思い出の地ソリアを去ってからも一教師として、スペイン各地を転々とします。

詩作や哲学の勉強を重ね、静かに内的な深みへ向かおうとする自身の志向に変わりはありませんでしたが、内戦の混乱へと進む時代の流れのなかで、次第にそうしていることが許されなくなっていきます。

そして、オーウェルのように共和派を支援する立場から、政治的な活動や混迷する社会に向けた激しい発言が目立つようになっていきます。その言動は、行く場を失いつつあったスペイン人民たちに少しずつ浸透してゆき、心の拠りどころともなっていくのでした。

私はキャパの、フランスへと逃れてゆくスペインの人たちの長い行列の写真を見るたびに、この中にきっとマチャードも居るに違いない、と思うのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿