2016年3月31日木曜日

アンダルシア生まれ

これからしばらく、アントニオ・マチャードの生い立ちについて、詳しく紹介していきたいと思います。

アントニオは「1898年世代」が探ろうとした、本来のスペインが宿るとされるカスティーリャの風土とは全く異なる、温暖で海に近いスペイ南部の地、アンダルシアで生まれました。

「1875年7月のある夜、セビリアで生まれた。通りの名にもなっている、よく知られたラス・ドゥエニャ館=写真、wiki=でのことだ(Nací en Sevilla una noche de julio de 1875, en el célebre palacio de Las Dueñas, sito en la calle del misimo nombre.)」

マチャードは1917年、このように記しています。


1875年7月26日の夜、アントニオ・マチャード・イ・アルバレス(Antonio Machado y Álvarez)とアナ・ルイス・エルナンデスの次男として、アンダルシア地方のセビリアで誕生したのです。

この前の年の1874年には、マチャードの生涯にわたる協力者であり、同じく詩人の道を歩んだ兄マヌエルが生まれています。

後に詳しく触れますが父のアルバレスは民俗学者で、特にアンダルシアの民謡に関する多くの研究を残しています。また、曾祖父のホセ・アルバレス・ゲラは『象徴的統一(Unidad simbólica)』という著書で知られる哲学者でした。

さらには、父方の祖父はセビリア大学の学長も務めた医学者で、母方の叔父アグスティン・ドゥラン(Agustín Francisco Gato Durán)は、マチャードが読書の世界に足を踏み入れるきっかけになる『大ロマンセ集(Romance General)』の編者として知られています。

こうした学者一家の親族たちが、しばしば館の中庭に集まり、知り合いの知識人を交えて話に興じていました。

マチャードは、セビリアで最も知的で、人々の尊敬を受けていた家庭に生まれ育ったのです。

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