2016年3月6日日曜日

マチャードとの出会い

これは、古今東西いろんな詩人の作品を、気ままに読んでいくためのブログです。タイトルは、私が最も敬愛するアントニオ・マチャード(Antonio Machado、1875-1939)=写真、wiki=から取りました。私にとって、スペインの国民的詩人アントニオ・マチャードは「詩人」の代名詞でもあります。そんなマチャードを出発点にして、果てしない詩の旅へと足を踏み入れたいと思います。


「一身にして二生を経る」。あの伊能忠敬が地図作りの旅に出たのは、いまの私と同じ55歳のときだったそうです。そんな大事業にはとても及びもつきませんが、私の残りの「二生」目は、「詩を読む」ことに費やしたいと、けっこう本気で思っています。そんなきっかけを与えてくれたのが、スペインの詩人アントニオ・マチャード(1875-1939)でした。

私がスペインに関心を持つようになったのは、大学生だった30年以上前のことです。2カ月くらい、バルセロナ、グラナダ、マドリードなどスペインを中心にヨーロッパを1人で放浪しました。なぜスペインだったのか、はっきり覚えてはいません。ただ、あのころギターに夢中だったのと、スペイン内戦の迫真のルポルタージュ、オーウェルの『カタロニア讃歌』や報道写真家キャパが内戦を撮った写真集に刺激を受けたことが影響していると思います。

「ピレネーの向こうはヨーロッパではない」といわれてきたスペイン。いまはどうなっているか知りませんが、レールの幅がスペインだけ違っていて、夜行列車で国境までたどり着くと、車両を取り替えると車掌にたたき起こされた覚えがあります。コルドバの大聖堂には、イスラム教の礼拝堂。グラナダの洞窟でロマのフラメンコを見物したりすると、ここはヨーロッパなのだろうかと不思議に思えました。

就職して10年ほどたって、ようやく会社の仕事にも慣れたころ、休みを取って再びスペインを訪れました。そのころから、だいぶ違った視点でこの国を眺めるようになっていました。16~17世紀には、多くの地域を支配し、「太陽の沈まない国」として世界に君臨したスペインですが、その後、近代文明を花開かせた西欧諸国から取り残されます。

ヨーロッパにありながら「近代」を通過することなく、中世のカトリック的な世界観や制度を引きずって現代に至っています。急速な近代化を至上命題にしてきた日本からすれば、あまり学ぶことはない国と近年はみられてきたように感じられます。しかし、考えてみると、良くも悪くも私たちの生活や社会の基盤になっている近代文明を探るのに、近代をくぐって来なかった西欧であるスペインは、逆の意味で、絶好の「材料」を提供してくれるのではないのかと私には思えてきたのです。

旅行の後すぐ、仕事の合間にスペイン語の勉強をはじめ、セルバンテス、オルテガ、ロルカなど、辞書をひきながら少しずつ読むようになりました。あるときスペイン語とギターを習っていたスペインのギタリストから、「スペインで最高の詩人はアントニオ・マチャードだ」という話を聞きました。

「無駄な言葉が一切使われていない。地味だが深い精神の鼓動がある」と、彼はマチャードに心酔していました。そして私も、マチャードの詩を読むことに惹かれていきました。それは、私が「詩を読む」という至上の悦びをしる始まりでもあったのです。

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