2016年4月1日金曜日

デモフィロ、民衆を愛する者

詩人マチャードを考察していくうえで今後、大きな意味あいを持つことになる父アルバレスと叔父アグスティン・ドゥランについて、ここで少し掘り下げて見ておくことにしましょう。

ウィキペディア(スペイン語版) には、マチャードの父アルバレス=写真=は、“デモフィロ(Demófilo)”つまり「民衆を愛する者」という意味のペンネームを持つ、スペインを代表する民俗学者として大きく紹介されています。

スペインの民謡や民間伝承を収集し、学問的な研究を始めた先駆者だったのです。


1848年にサンティアゴ・デ・コンポステラに生まれ、1893年にセビリアで亡くなりました。アルバレスは、セビリアで人生の大半を送り、哲学や法律学を学びました。

師のフェデリコ・デ・カストロ(Federico de Castro)からは進化論やクラウス哲学の思想を学び、特にヘルベルト・スペンサーの社会的功利主義の哲学に傾倒しています。

また、セビリア大学で形而上学を教えたり、地方判事、弁護士事務所を開いたりとさまざまな職に就いています。

特に、自由主義的知識人を育成することを目指した自由教育学院(Institución Libre de Enseñanza)の民俗学の教授として、月刊誌「哲学、文学、科学(Filosofía, Literatura y Ciencias、1869–1874)」などを舞台に展開した民俗文化に関する研究は、スペインの歴史の中でも特筆すべき先駆的意味を持っていました。

アルバレスの活動やスペイン民俗学の特徴についてアンヌ=マリ・ティエスは『国民アイデンティティの創造』の中で次のように記しています。

「スペインの場合、民俗文化に関する地方レベルの活発な取り組みと中央組織の役割の小ささが、イタリア以上に際立った対照をなしていた。〔アントニオ・〕マチャード・イ・アルバレスが、専門誌『スペイン民俗学』を創刊したのは早くも1881年のことである。

彼は同誌上で、3年前に設立されたロンドンの民俗学協会を忠実になぞった協会の組織原則を論じたが、それは地方レベルの様々な専門誌と協会を生み出すことになる。1883年にはカスティーリャ、1884年にはリオハ、バスク=ナバラ、アンダルシア、ガリシアに協会ができている。

同じ年に、『カナリア民俗文化の質問調査構想』が発表された。盛り上がりを見せていたカタルーニャ探訪協会には、民俗文化部が設けられている。以後数十年にわたって、地方レベルでの出版活動、収集事業、博物館の創設が続いていく。国立民俗博物館の設立は1940年になる」

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