2016年4月12日火曜日

スペイン・カトリシズムの変遷

きのう見たように、反近代的な公共宗教の典型だったといえるであろうスペイン・カトリシズム。

それは、カトリック両王の時代からマチャードら「1898年世代」が登場する時代までの間にどのように位置づけられ、スペインという国をどう動かしていったのでしょう。

ここでは、「脱私事化」などユニークな概念を用いて近代社会における公共宗教の諸相を分析した、ホセ・カサノヴァの力作『近代世界の公共宗教』 をよりどころに探ってみます。


この本では、スペイン、ポーランド、ブラジル、合衆国の四つの地域におけるカトリシズムとプロテスタンティズムの宗教的伝統を事例にあげて論じています。

その中でスペインのカトリシズムは、公認された独裁主義的な国家宗教から多元的な市民社会における非公認教会への変容ぶりが、当面の問題として取り上げられています。

同書によれば、カトリック王を戴く近代初期のスペイン国家の形成によって教会と国家が一体化することで、スペインのキリスト教がいわゆる「戦闘教会」に変容したとされます。

遅ればせに導入された異端審問所(1481年)は国家形成の機能を果たすことになり、国民的な、統一された最初の国家機関となった。

ユダヤ、イスラム教徒、ムーア人たちはスペインから排除されたものの、それは下からの民の圧力と上からの宗教的動員というパターンで起こったというのです。

戦闘教会は、地中海やアジアではイスラム教と、アメリカでは異教徒と戦い、ヨーロッパでは異端者と戦いつづけました。

こうしてスペインは、台頭するヨーロッパ諸国から孤立。王国と教会は、政治と宗教の統一という目的を共有してはいたものの、ヨーロッパを舞台にこれを力ずくで維持することには失敗します。

そのため、支配の及ぶ領土内で、普遍主義的なカトリックの理念を保存せざるを得なくなったのです。

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