2016年4月2日土曜日

フラメンコの発掘

浜田滋郎の労作『フラメンコの歴史』によると、たとえば、フラメンコの歴史に名をとどめた最古のカンタオール(フラメンコの歌い手)を発掘したのも“デモフィロ(民衆を愛する者)”と呼ばれたアントニオの父アルバレスです。

そのカンタオールは、ティオ・ルイス・エル・デ・ラ・フリアーナ(ラ・フリアーナのルイスとっつあん)と呼ばれていました。ワインの町、ヘレスで18世紀に活躍した人物です。

デモフィロがアンダルシアの町村を訪ね歩いて民謡を採集していたとき、土地の古老から何十年か前に活躍していたフリアーナが、カンタオールとして仲間うちに記憶されている最も古い名であることを明らかにしたのです。


デモフィロは自著『フラメンコ歌謡集成(Colección de Cantes Flamencos) 』=写真=の中で、この古老について「彼は18世紀末のカンテ・フラメンコの王者であり、ポロ、カーニャ、セギディーリャ・ヒターナ、リビアーナ、トナなどに関するきわだった知識を持っていた」という意味の記述をしています。

また、デモフィロは、ソレアと呼ばれたカンテ・フラメンコの代表的な曲種で、現在よく知られた次のコプラ(短詩)も発掘しています。

心からいとしいソレア
夜は お前が恋しい
昼も お前が恋しい
Soleá del alma mía,
tanto te quiero de noche
como te quiero de día.

しかし、このような民俗学の隆盛は、残念ながら長くはつづきませんでした。

「スペイン国内でも南部(アンダルシア地方とエストレマドゥーラ地方)に限られており、また、その期間も短いものであった。1893 年にアルバレスが亡くなると、活動の中心はマドリッドに移るが、その活動内容は各地に送る質問表の作成に限定されていく」( 第842回 日本民俗学会談話会「“地域学”としての民俗文化研究―スペインの民俗学、民族学、人類学」)。

それだけにいっそうアルバレスの業績は高く評価できるでしょうし、フランコ独裁政権後のスペイン民族学・人類学に大きな影響を与えるものだったのです。

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