2016年4月20日水曜日

オルテガに託す

1898年の敗戦によってスペインは、その真の伝統からも、海外文化からも分離していたことにいまさらながら気がつくことになりました。

そこで彼らはまず真実のスペインを探求しようと、過去のすぐれた古典や民衆文化に目を向け、そこから内省の文学を生みます。と同時に、新しい思考法をヨーロッパに求めていきました。

しかし、激しい民族的な感覚や独自性がそれによって失われることはなく、むしろスペイン特有の文化を世界文化と合流させる方向にむかっていくことになります。

だいぶ先走ることになりますが、こうした中で、マチャードはどのようなスペインを夢見ていたのでしょう。

  しかし別のスペインが生まれる
  のみと槌のスペイン
  民族のがっしりとした過去から成り立つ
  永遠の若さを持ったスペインが
  それは無慈悲で、しかも救いをもたらすスペイン
  報復の斧が手に
  夜明けを迎えるスペイン
  激怒と思索のスペイン

「彼はこのような歴史構造をもったスペイン、一見すると不可能に見えることをその業をもって追求するスペインを夢見た」とエントラルゴはいいます。


そして、マチャードはその夢を、自身よりも8歳若い思想家、ホセ・オルテガ・イ・ガセット(José Ortega y Gasset、1883-1955)=写真、wiki=に託します。

  そして厳格なフェリーペ2世が
  王の墳墓の緑より
  新しい建物を眺めようと顔をのぞかせ
  ルターの信徒たちを祝福せんことを
    Y que Felipe austero
    al borde de su regia sepultura,
    asome a ver la nueva arquitectura,
    y bendiga la prole de Lutero.
  
マチャードは、こんな一節が盛り込まれた短い詩を、『ドン・キホーテをめぐる思索』を書き始めていたオルテガに捧げています。マチャードは、オルテガに影響されたスペイン人たちがすぐれた業績を構築するだろうと、信じていたのです。

その業績というのは、ドイツ的でもプロテスタント的でもなく、まさにスペイン的なものになる。そして、この創造によってスペインは独自の言葉で世界に語りかけるであろう。そうなったとき、フェリーペ2世はスペイン精神の新たな再生を可能にした者たちに祝福を与えるであろう、というのです。

エントラルゴは「スペインの果たしうる使命とは近代人の創造物――知的、政治的、社会的、そして技術的創造物(それらの多くは、プロテスタント的異端の成果の上に直接・間接的に成り立っている)――をスペイン化する、つまりスペイン風に再創造するという仕事であると考えた」 のだと指摘しています。

こうした「1898年世代」の考えは、スペイン人たちに民族的自覚を促したものの、結果的には、それをどう実現するかという具体的な改革者としての立場に立つことはなく、夢想的、観想家的な域を出ることはなかったのです。

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