2016年4月21日木曜日

ちっちゃな理容師

米西戦争でスペインが敗れた1898年、23歳になったアントニオ・マチャードは初めて詩を発表し、詩人としての第一歩を踏み出しました。

1907年には公立中高等学校のフランス語の教師の資格を得て、同年5月、スペイン北部の古くからある町ソリアに着任式のため赴きました。

スペイン南部のアンダルシアに生まれ育ったマチャードにとって、運命的な初めての“カスティーリャ体験”がここにはじまわけです。

マチャードはいったんマドリードに戻り、正式に就業するために夏休み明けの9月にあらためてソリアに向かいました。同年末、マチャードの2冊目の詩集『寂寞、回廊、その他の詩(Soledades. Galerías. Otros poemas)』が出版されています。

ソリアでのすみかとなった下宿屋の夫婦には、まだ13歳になったばかりの娘レオノール=写真=がいました。マチャードは、20歳近く年下のこの少女にすっかり夢中になります。


そして、しゃれっ気などまったく持ち合わせていない内気な詩人は、彼女との年齢差を気にしながらも、意を決して求婚しました。

このあたりのマチャードの心境が、「汽車(El tren)」という詩の一節にうかがうことができる。

そして、私の愛する女の子
ああ、結婚することができたなら
ちっちゃな理容師と
  ¡Y la niña que yo quiero,
Ay, preferirá casarse
con un mocito barbero!

レオノールは自分の一生をマチャードにささげる決意をします。そして、知りあって2年後の1909年7月末、2人はソリアの教会で結婚式を挙げます。マチャード34歳、レオノールは16歳でした。

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