2016年9月30日金曜日

コプラと「道」⑥

詩集『カスティーリャの野』にはさらに、こんなコプラもあります。

すべて過ぎ去り すべては残る
けれどわれわれが成すのは 過ぎること
道を開いて過ぎるのだ
海上の道を
Todo pasa y todo queda,
pero lo nuestro es pasar,
pasar hasiendo caminos,
caminos sobre la mar.

「すべて過ぎ去り すべては残る」、そのあとにも果てしない海がひろがり、われわれを待ち構えている。人がたどる道は海を歩むこと。われわれのできることは、航跡のようにやがては消えていくのであろう海の道をきり開き、過ぎゆくこと。

それは、どん底に追い込まれながら、それを自覚するに至っていないスペイン国民への呼びかけであり、励ましのようにも思えます。

後述するように、内戦へと向かう厳しい時代にあって、マチャードの夢はかなうことなく、やがて悲惨な終焉を迎えることになります。

しかし、彼の思いを込めて作られたコプラの多くは、深く民衆の心をとらえ、現在にいたるまで広く歌い継がれています。


たとえば、私の手元にある『喜びは我らに(El gusto es nuestro)』というCDを聴いていると「Caminante, son tus huellas」ではじまるマチャードのあのコプラに出あいました。

『喜びは我らに』は、フランコ独裁に逆らって歌いつづけた、ちょうどビートルズと同世代の3人のシンガーソングライター、ジョアン・マヌエル・セラー、ミゲル・リオス、ビクトール・マヌエルが、1996年の8月から9月にかけてスペイン27都市を巡ったコンサートのライブ・アルバム。

マチャードのコプラは、アルバムの14曲目、セラーが作った「Cantares」という歌に挿入されています。ライブでは、セラーとリオスがかけあいでこの歌を熱唱。

その中でこのコプラが叫ぶように朗読されると、観客たちの歓声はひときわ高まりをみせました。マチャードの詩はいまも言葉の力を失っていないのです。

2016年9月27日火曜日

コプラと「道」⑤

  道ゆくひとよ きみの足跡こそが
  道なのだ ほかにありはしない
  道ゆくひとよ 道などないのだ
  歩くことで 道はつくられる
  Caminante, son tus huellas
  el camino y nada más;
  caminante, no hay camino,
  se hace camino al andar.


「道」のコプラは、さらに続いていきます。

  歩くときに 道はできる
  そして振り返ればそこに
  もう二度と踏むことのない
  道が見える
  道ゆくひとよ 道などありはしない
  ただ海のうえの航路にすぎないのだ
  Al andar se hace camino
  y al volver la vista atrás
  se ve la senda que nunca
  se ha de volver a pisar
  Caminante, no hay camino
  sino estelas en la mar

そもそも、わたしたちが頼りとするような道などありはしません。

海に描かれる航跡のように、歩めばすぐに過去の中に消されてしまうのです。

ここで私は、まだ見ぬ世界へと漕ぎ出していったコロンブス=写真、wiki=の海を、無敵艦隊が進軍し敗れ去った海を、そして「日の沈まない国」が築かれ、すべてが失われていった海のことを思い描きます。

2016年9月25日日曜日

コプラと「道」④

 「かつてこの心を
  とがめし情熱の棘
  抜け去りし時より
  はや心をも感じえず」
 “En el corazón tenía
  la espina de una pasión;
  logré arrancármela un día:
  ya no siento el corazón.”

マチャードの詩「僕は夢心地に行く(Yo voy soñando caminos)」のなかに出てくる、人生のたとえとしての「道」は、マチャードの詩に再三登場するテーマです。

詩人は、時の流れにそって人間をとらえようとするとき、その最も適したイメージの一つを「道」に見いだします。

人生は旅。旅人の1人である詩人は「夢心地で」、「うたいつつ」道を行くのです。

詩集『カスティーリャの野』には、スペイン人ならだれもが口ずさめる、ともいわれるマチャードの代名詞的なコプラも組み込まれています。

  道ゆくひとよ きみの足跡こそが
  道なのだ ほかにありはしない
  道ゆくひとよ 道などないのだ
  歩くことで 道はつくられる
  Caminante, son tus huellas
  el camino y nada más;
  caminante, no hay camino,
  se hace camino al andar. 

帰らざるとき、ともいえる永遠のテーマが「道」というイメージのなかで語られています。

ひとたび道を歩いたならば、もはや歩かなかったことにはできません。ふたたび歩き直すこともできないのです。

道は足跡でしかないのです。歩くことでしか、道をつくることはできません。

「道」は1人の人間の人生を指すだけにとどまらず、いまやすべてを失ってしまったスペインという祖国の歴史にもつながるのでしょう。

もはや「黄金の世紀」にもどることも、歴史をさかのぼって異なる道を歩き直すこともできはしません。

ただ、これからを歩くことによってしか、道を、歴史をつくることはできないのです。

2016年9月23日金曜日

コプラと「道」③

  僕はたそがれの道を
  夢心地にゆく、金色の
  丘よ、みどりの松
  ほこり白き柏!……
  この道はいずこへ行くのか?
  野道をつたい旅の身を
  僕はうたいつつゆく……
  ――夕日が沈む――
  「かつてこの心を
  とがめし情熱の棘
  抜け去りし時より
  はや心をも感じえず」
  Yo voy soñando caminos
      de la tarde. ¡Las colinas
      doradas, los verdes pinos,
      las polvorientas encinas!…
  ¿Adónde el camino irá?
      Yo voy cantando, viajero
      a lo largo del sendero…
  -la tarde cayendo está-.
  “En el corazón tenía
   la espina de una pasión;
   logré arrancármela un día:
  ya no siento el corazón.”


これは、広く知られているマチャードの「僕は夢心地に行く(Yo voy soñando caminos)」という詩です。夕暮れの散歩。黄昏時に響いてくるコプラに、夢見心地の詩人の心が吸い寄せられていきます。

最後の4行「かつてこの心を/とがめし情熱の棘/抜け去りし時より/はや心をも感じえず」は、たびたびスペインの人々の口にのぼるポピュラーなコプラです。

そこには、誰もが感じることのある、なかなかに深い人生哲学が込められているように思われます。

ときに詩人は自分の思想を、大衆的な方法でろ過しようとします。マチャードの志向したような実存的なテーマは、しばしば、短い言葉のなかに抒情的に凝縮されることがあります。

そうした、民衆が口にのぼりやすいコプラを作品の中に忍ばせておく。それによって人々の心をひきつけ、やがて民衆の詩として広がっていく。私はそんなあたりにも、マチャードの国民詩人としての深い資質と、言葉の天才ならではの「戦略」を感じるのです。

2016年9月22日木曜日

コプラと「道」②

民俗学者だった父親の影響もあって、子どものころからそうした歌に接していたアントニオ・マチャードにとって、「スペインの魂の誠実な記録」であるコプラは、ロマンセとともに「98年世代」としてのメッセージを人々に届ける格好の表現手段と考えていたのでしょう。

コプラなどの短詩は、カスティーリャ体験を経た中期から後期にかけて、より頻繁に作られるようになります。特に1924年に出版された『新詩集(Nuevas Canciones)』以降は、マチャードの詩の主流となったといってもよさそうです。


コプラ(Copla)は、もともとラテン語で「束縛」あるいは「結合」といった意味をもつ「copula」に由来します。3行あるいは4行で構成されるスペイン詩の中で最も小さな詩形式です。

18世紀にスペインで確立し、ラテンアメリカにも広まった。スペイン人に最もなじみ深い1行8音節、オチョシラボス(octosilabos)で作られるのがふつうです。

構成は、クアルテタ・デ・ロマンセ(cuarteta de romance)ともいわれる、8音節で偶数行が韻を踏む4行詩が多くなっています。つまり韻律や構成からすると、コプラはロマンセの一種、あるいは「ロマンセの継承者」と考えてもいい詩形なのです。

たとえて言えば、日本の近世に発展した文芸である俳諧連歌のうちから発句が自立し、やがて俳句として盛んに作られるようになったのと、どこか似たところがあるのかもしれません。

ロマンセと同じようにコプラは、民衆の歌と密接な関係を持っています。犯罪を訴え、歴史を語り、日常のできごとを描写します。愛を、嫉妬を、失望を語るのです。

昔から歌われてきた歌謡の一部をはしょったり、居酒屋で聞いたロマンセの中の一部から題材が取られたりもします。話し言葉であけっぴろげ、滑稽さ、とりわけ好色な効果を出すため、しばしば詩句に二重の意味を折り込むこともあります。

マチャードがこの詩形を好んだことについて、ヘスス・アリエタは「この庶民的な表現方法を用いているのは、la coplaとかel cantar popularにこそ詩的感情、詩的理念の本質的統合が、飾り気のない素朴な、最小限の手段で達成されると確信していたことによる」* としています。

* ヘスス・アリエタ「アントニオ・マチャード――アンダルシア生れの詩人におけるカスティーリャ的深奥――」上智大学外国語学部紀要第10号,1975, p.54