2017年7月21日金曜日

日夏耿之介「寂寥」「神領追憶記」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   寂寥

身を抱擁(だき)しめる秋の沙(いさご)
白くひかる
波の穂がしら
たはむれ遊ぶ異民の女(をみな)らよ
心は塩垂れ ためらひがちに
身は弱く生命(いのち)の息を圧(お)して
ああ 心寥(さび)し
漁人(ぎょじん)よ 白鴎(はくおう)よ 若き散策者らよ
大地も秋に 覚醒(めざ)め
海光のみかぎりもなく
日を孕(はら)みて蕩揺(たうよう)する海辺に

   ◇

「塩垂れ」は、みすぼらしいようすになる、元気がないように見えること。「しょぼしょぼと塩垂れた姿で帰って来る」(花袋「田舎教師」)。

「白鴎」は、全身白色で全長73センチほどある大型のカモメ。北極圏で繁殖し、冬鳥として北日本の沿岸でみられます。

「蕩揺」は、ゆり動かすこと、ゆれ動くこと。「春は何時しか私の心を―し始めたのである」(漱石「硝子戸の中」)


   神領追憶記

わが神を
かの幻惑と威力と抱擁との
凄まじき統一者の神領をわれ想ふ

黔首(まちびと) あまた住みあひて
定業(さだめ)られたる小事業いそしみぬ
われも亦心狂へるみそさざいのごとく
翔(と)びかつ舞へり
ひと日虚空に颱風の羽ばたきありて
神苑の長者天降(あも)りたまひぬ
形相(かたち)なく色調(いろ)とてなし
況(ま)してその道(ことば)をや
怕(おそ)れ慄へる心の上にわれはただ響を感ず
かくて畢(つひ)に凄惨だるかの末日は来りにけり
その夕(ゆふべ)あまた人の子おとしめられつ
そは悉く盲目(めし)ひたる牧人なりき
黔首はいと自誇(ほこ)れる悲鳴を放ちあひ
居残れる男 女と袂別(わか)れゆきぬ
ただ一人 裸形女人は発狂の発作著しく
『とどめたまへ』と繰り返し繰り返し
人人のあはひを縫ひぬ

いく人かおとしめられし
いく人か居のこれりしを
忘却(しら)ず ただ懐(おも)ふ
偉(おほい)なる野のわが神なつかしく
怕ろしき神領の白宵(ゆふべ)白宵を

   ◇

「神領」は、神社の領地、社領をいいます。明治維新以前、全国の神社にその運営の経済的基盤等のため、神地、神田、神戸、神郡、御厨、御園、朱印地、黒印地などとよばれる地があり、神社がそこを管理して収入を得、ときにその地の行政権、司法権ももっていました。

「黔首」(けんしゅ)は、むかし中国で庶民はかぶりものをせず黒髪を出していたことから、人民、庶民の意。

「怕れ」は、(神を)おそれ多く思うこと。

2017年7月20日木曜日

日夏耿之介「堕ちきたる女性」「野心ある咳」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   堕ちきたる女性

昏黒(くらやみ)の霄(そら)たかきより 裸形(らぎやう)の女性(をんな)堕ちきたる
緑髪(かみ)微風(そよかぜ)にみだれ
雙手(もろて)は大地をゆびさす
劫初(ごふしよ)の古代(むかし)よりいままで 恒に堕ちゆくか
一瞬のわが幻覚(まぼろし)か
知らず 暁(あけ)の星どもは顔青ざめて
性急に嘲笑(あざわ)らふのみ

   ◇

「昏黒」は、ふつうは「こんこく」と読んで、日が暮れて暗くなること、日没のことをいいます。

「霄」は、大空、はるかな天。

「劫初」は、仏語で、この世の初めのことをいいます。


   野心ある咳

心 孤(ひと)つ身
たまたま泪(なんだ)に浴(ゆあ)みしけり
慄(ふる)へ揺くさまざまの血脈よ
聖(きよ)き刹那の法悦に色青さめし生命(いのち)の貌(おもわ)よ
もの哀しき前(さき)の世のまぼろしよ
ああ 野心ある咳(しはぶき)の音(ね)よ

   ◇

「揺く」(あよ・く)は、ゆらぐ、ゆれることです。「群玉 (むらたま) の枢 (くる) に釘刺し固めとし妹が心は揺くなめかも」(万葉集、4390)



「刹那」はもともと、仏教でいう時間の最小単位で、一つの意識の起こる時間をいいます。『正法眼蔵』には、「一弾指の間に六十五の刹那ありて」と、1回指を弾く間に65の刹那があるとされます。

2017年7月19日水曜日

日夏耿之介「海底世界」「憤怒」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   海底世界

青き水面(みなも)を透(すか)して
日はほの赤くさせり

魚鱗(ぎよりん)のむれ 乱れ擾(さや)ぎて
海草の隙(あはひ)に匿れ しばしば
雑色(ざつしき)の埃及(えじぷと)模様を織りなせしかば
なかば錆びたる沈没船の砕片は
黒色(こくしよく)砂山のいただきに金字塔を築きたり
水死者の蹠(あなうら)たかきよりきたる

魚鱗のむれみだれさやぎ いま
若き新来者(まらうど)を相抱擁(いだき)たり
覩(み)よ ここにして不思議なる観念(こころ)の裡(うち)に
青ざめし死者の笑顔を
死者は踊れる也 狂へる也
魚は魚とむすび 貝は貝とむすび
悪(ああ) 人と人は相接すなり

まとゐは尽きねど
水死の人 人魚と化(な)り
砕片は塔をなす
滄溟(おほわだ)の底(そこひ)にして
人すべて鱗族(りんぞく)たるをえうす

ああ 日はほの赤くこの世界を訪るる

   ◇

「魚鱗」は、文字通りに読めば、うろこのことですが、うお、さかな、そのものを指すこともあります。また、兵法で、魚のうろこの形のように、中央部を突出させて人の字形に配置した陣形をいうこともあります。

「蹠」は、あしうら、あしのうら。

「滄溟」は、青海原。

「鱗族」は、うろこのある動物、魚類のことです。


   憤怒

白金の烈夏の熱砂の街頭に
緑髪のもの仆れたり
心敏(こころさと)き風とく砂礫を運び来て
物静けき埋葬に忙(いそ)げば
勇敢なる雄蟻はために行潦(にはたづみ)に憤死せり
ひそやかに含羞草(おじぎさう)の青さめし表情に心そそげ
愛すべきくさかげろふの狂舞歇みはて
疲憊(ひはい)に頭(かうべ)うなだれし雑草の小陰に
われは重傷せる地蜂の盲目(めしひ)たる歓語を聆(き)く
毀(こぼ)たれし舶来玩具の各(おのおの)に痴呆対話あり
燃えはてし葉巻の頑迷(かたくな)なる怨声(ゑんせい)を聆くや
女人の屍(しかばね)にも日光の顫音(せんおん)あり
噫(ああ) 黽勉(びんべん)なる日のひかりの営みを覩(み)よ
屍(しかばね)は神に還元(かへ)りゆく也
かかる自然の各部につきて観察せよ
午後の街上に憤怒はわが心情(こころ)を拊(う)つ

   ◇

「行潦」は、雨が降って、地上にたまり流れる水のこと。

「疲憊」は、動けないほどに疲れること、疲れ弱ること。

「聆く」は、きく、さとる、と読んで、聞く、悟る、了解するといった意味があります。

「黽勉」は、つとめはげむこと、精を出すこと、里見弴の「今年竹」に「黽勉よく努めて忽ち世の認むるところとなった」とあります。

2017年7月18日火曜日

日夏耿之介「さかしき星」「闇の化怪」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   さかしき星

すさまじき滄溟(おほわだ)に泛(うか)び漂ふ
小(ち)さく醜く古風なるわれに
さかしき星の青く淋しく揺れ揺れて
波間に泛き沈むをややながめてあれば
生命(いのち)はじじと燃え下(さが)り
水沫(うたかた)ふかく消え亡びむとおぼゆ
かかる淋しき星の稟性(こころ)よ
畏れ崇(たふと)び恋ひしたふはわれなり

   ◇

「うたかた」というと普通は「泡沫」という字を使いますが、ここではふつう「みなわ」と読む「水沫」。もともと「みなあわ」の音変化で、こちらも水のあわ、はかないことのたとえに使われます。

「滄溟」は、ふつうは「そうめい」と読んで、あおく広い海、青海原のこと。

「稟性」は、「ひんせい」、生まれつきの性質、天性の意です。


   闇の化怪

化怪(けくわい)は光れり
土蛍(つちほたる)のごとし
化怪は夥し 尽きざる也
あらゆる夢を産卵しつつ
闇の徂徠(ゆきか)ふこの夜(よる)をあゆめり
悲嘆するは何人ぞ
夜を誰何(すゐか)するあるは何人ぞ
悪(ああ) 化怪は世にみちみちわたれり
われは何故にかく夜を安臥しうるか

   ◇

「怪」とは化け物、変化(へんげ)、もののけ。

オーストラリアの洞窟などにいる、幼虫が青白い光を発するヒカリキノコバエという昆虫が「土蛍」として知られています。日本で土蛍というと、ホタル類の幼虫=写真、wiki=、中でもマドボタルの幼虫を指すことが多いようです。

2017年7月17日月曜日

日夏耿之介「抒情即興」「かげ」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   抒情即興

あたたかい日 あかるい日
この晴れた秋空高い由比ケ浜
沙(いさご)の上に臥(ふ)しまろぶ
身は熱に口かわき
心は杳(とほ)き神の息吹きに口かわく
あたたかき沙のやはらかさ こまやかさ
天恵(めぐみ)ふかい太陽は
大海(おほわだ)にぴかぴか光る宝玉(ほうぎよく)をばら撒いて
空に眩しい銀網(ぎんまう)をいつぱいに張りつめ
波にくちつけ 沙にまろぶ
あまりに昏黯(くら)い肉身と
病める心と

   ◇

「由比ケ浜」は、いまの鎌倉市南部、相模湾に面した海岸。鎌倉時代には御家人同士の激戦地で、処刑場でもありました。

「杳」はふつうは「よう」と読んで、はるかに遠い、奥深く暗いという意もあります。


   かげ

日はまなこ病み
世は痙攣(けいれん)す
叫喚死(さけびし)し
どよもし亡(ほろ)び
なべては皆偶像なるか
時ありて
かげのごとくきたり
かげのごとくそふ

   ◇

「叫喚」は、「阿鼻叫喚」というように、大声でわめきさけぶこと。

「どよもし」の「どよ(響)もす」とは、音や声を響かせる、どよめかせる意があります。

2017年7月16日日曜日

日夏耿之介「死あらむのみ」「花の中の死」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   死あらむのみ

太陽(ひ)のもと
老幼男女狂奔(ひとびとはし)り煩(まど)ひ
吹くそよ風咳(しはぶ)きゆきすぎ
操兵の菰(らつぱ) 天心に傲(おご)りて
狐いろの小径(こみち) ひんがしに邪(よこしま)を織る
死あらむのみ

   ◇

「咳き」は、せきをすること、またはせきばらいのこと。

「菰」(こも)は、通常は、マコモを粗く編んだむしろ、こもむしろのことを指します。ここでは、兵士を訓練・指揮するラッパにこの漢字を用いています。

「狐いろ」(きつね色)は一般に、名前の通りキツネの体毛のような、薄い茶褐色を指します。


   花の中の死

朱夏(なつ)の日の後園(こうえん)に燃えたつ花は
恒にやはらぎて睡(ねむ)れる也
燃えかつ睡れるは ただ花あるのみ
日はひねもす
ものかなしき小さき花の片丘に光の塔を築く
寒風(かぜ)すさみ 日も亡びし宵(ゆふべ)
睡れる花のさなかに逝かむ

   ◇

「朱夏」は、五行思想で赤色を夏に配するところから、夏の異称として用いられます。また人生の真っ盛り、30代前半から50代前半くらいをそれに喩えていうこともあります。

「後園」は、家のうしろにある庭園や畑。

「片丘」は一般的には、一方が切り立て他方がなだらかになっている丘をいいます。

2017年7月15日土曜日

日夏耿之介「海光」「災殃は日輪にかがやく」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。


   海光

ふか海は もの哀れに日光(ひざし)を招(よば)ひしかば
明(あか)き光 ことごとく蒼海にとり忙(いそ)ぐ
ああ すべて光は波に入らむ
この宵(ゆふべ) 海に散りしく無数の船よ
船に乗れる逞ましき白水郎(あま)だちよ
おん身ら大海に何をか漁(すなど)れる

丘に攀ぢ松吹く風と一(ひとつ)の海景とを眺めてあり

   ◇

「白水郎」の「白水」は中国の地名。水にもぐることのじょうずな者がいたというところから、漁師、海人(あま)のことを白水郎(はくすいろう)というようになったそうです。

「攀」の読みは、ハン、よじる。よじ登る、上の人にすがりつくの意です。


   災殃は日輪にかがやく

災殃(まがつび)は日輪(ひ)にかがやく
黔首(くび)あたま 現生(ここ)もとに生まれいでなば
すさまじき神の息
かならず大地を割らむ
昨夜 寒き夜の曠野(あれの)にたちて
黟き森 眠れる濁江のうち
醜く蟠居(うづく)まれる街巷(まち)より
かすかなる神の奇しき塏笑(あざけり)を聴き得たり

   ◇

「黔首」(けんしゅ)の「黔」は黒い色のこと。古代中国で、一般民衆は何もかぶらず、黒い髪のままでいたことから、人民、庶民のことをいいます。

「災殃」はふつうは、「さいおう」と読んで、わざわい、災難のこと。

「黟」の音読みはエイ、 イ。訓読みは、こくたん。ここでは「くろ・き」でしょうか。

「蟠居」は、蟠踞(ばんきょ)、根を張って動かないこと、その地方一帯に勢力を張っていることをいいます。

2017年7月14日金曜日

日夏耿之介「軽舸の歌」「心虚しき街頭の散策者」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   軽舸の歌

透明の泪(なんだ)の湖(うみ)に
軽舸(こぶね)泛(うか)べ
ほのぐらき岸の花 真白く花咲きみだれ
夕風は淑やかに水浴を摂る
繊(ほそ)りし水竿(みさを)
蒼白き漣(さざなみ)の下腹を転(かへ)せども

日輪(ひ)は逝き 私語(ささめき)をのみて
面(おも)伏せる自然(もののね)の顔の上
舸(こぶね)は黙(もだ)しあゆみ
その歩武永遠(あゆみとこしへ)に遅き哉
噫(ああ) 明星よ
おん身が冷たき瞳を遁れいづる泪の雫は
わが舸(ふね)の水竿に泊(は)て 光りぬ

わが軽舸(こぶね) いづくに赴(ゆ)くや

   ◇

「軽舸」は、ふつうは軽快に走る小舟、舟足の速い舟の意。

「水竿」は、水底・岩などを押して、それによって船を進める棹。普通、竹で作ったものを用います。

「遁れ」は、逃れ、と同義で、のがれること。この場合は、好ましくない状態になるのを回避する、といった感じでしょう。「冷たき瞳を遁れいづる泪の雫」というのは、なかなか意味深長な美しい表現です。


   心虚しき街頭の散策者

視神経のいちじるしき疲憊(ひはい)と羞明(しうめい)と
あまりに夥く凝視したるか
街頭には黔首とその家畜とその自動車とがあり
柏は万葉(ばんえふ)を日光(ひざし)に笑(ゑま)ひ
国境線は路傍に頑迷(かたくな)の枯座をつづく
なにゆゑに微風はかく潜行するか
われは心虚(こころむな)しき街頭の散策者にすぎざる也

時ありて 耳辺(じへん)に水声(すいせい)す
猗(ああ) かかる大高原の途上において
逆巻き嗔恚(いか)る水流音をわれ感ず

なにゆゑにかくわれは心忙(こころいそ)ぎ逍遥するか
こころ 縛(いまし)められたるか
この瞳閉ぢざるべからず

   ◇

「黔首」は、人民、庶民、たみくさ。「黔」は黒色のことで、昔、中国で庶民はかぶりものをせず黒髪を出していたことに由来します。

「枯坐」はものさびしくひとりですわっていること。ここでは「国境線」がすわっています。

「水声」(すいせい)は、「谷川の水声」というように水の流れる音。耳もとに水の音がしてきたのでしょう。

「瞋恚」(しんい、しんに)は、怒り、仏教では、十悪の一つで、自分の心に逆らうものを憎み怒ることをいいます。

2017年7月13日木曜日

日夏耿之介「ある跪拝のときに」「畏怖」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩です。

   ある跪拝のときに

そば降る小雨は緑林(ぬすびと)のごとく忍び来て
泪(なんだ)の搾木(しめき)を捉へしか
ああ 追憶(おもひで)は身内に温流をめぐり
眼も赤く哭きはらし
息たえだえに
われは跪拝して 生存を感謝してあり
神よ おん身ぞ逝くべけれ

   ◇

「跪拝」(きはい)は、ひざまずいて礼拝すること。

「緑林」は、前漢の末期、王莽(おうもう)が即位した後、王匡(おうきょう)・王鳳(おうほう)らが窮民を集め、湖北省の緑林山にこもって盗賊となり、征討軍に反抗したという、「漢書」にある故事から、盗賊のたてこもる地、また、盗賊のことをいいます。

「搾木」は、2枚の板の間に植物の種子などを挟んで、強く圧力をかけて油をしぼり取る木製の道具。身をしぼられるようなつらい状態のたとえにも用いられます。


   畏怖

心の皮膚(はだ)青ざめ
あらき風を忌(い)む
熱き泪(なんだ) 心の眼(まなこ)より転(まろ)びいで
薄暮(くれがた)の流沙(りうさ)に交らひぬ
ああ 内なる火 赤赤と火(も)え立ちて
繊(かぼそ)きたましひの身を燬(や)きしか

われは西空(せいくう)に泛(うか)べる瀟灑(せうしや)なる新月を覩(み)たり
夜風は呼吸(いき)にわろければ
青き帽誇(ほこ)りかに飾りて
暖かき思念の寝床(ベツド)に忙がなむ
晨星(しんせい)はいつ消ゆべきか
夜半(やは)にも上る黒色の太陽あらめ
心の肌膚(きふ)は繊弱(かよわ)くして
叱嗟(ああ) いつか亡びむ身ぞ

   ◇

「燬」の読みは、キ、やく。やきつくす、火の勢いが激しいなどの意味があります。

「瀟灑」は、すっきりとあか抜けしているさま、俗っぽくなくしゃれているさま。

「晨星」は 明け方の空に残る星のことです。

2017年7月12日水曜日

日夏耿之介「崖上沙門」「無言礼拝」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩です。

   崖上沙門

衣赤き沙門は稚く ただひとり
瞑目(めとぢ)て崖上(がいじやう)に彳(たたず)めり矣
断層面に八月の日光(ひ)は驕り
夏空(そら)は懈怠(けたい)を孕み 汗ばみたり
閑古鳥は風防林に蘭秋(あき)を呼び
青春の蜥蜴(とかげ)らは
緋に燃えたる花崗巌(くわかうがん)の傷趾(きずあと)に
緑色の飾紐(りぼん)を結べり
かかるとき
南風は大盗(たいたう)のごとく闖入しきて
さてかろく咳(しはぶき)して 出で去りぬ
草原(くさはら)は枯草熱に疼(いた)みて 屡(しばしば)傷痛の銀波をあげ
山脈は肩そびやかし
おもむろに延び 欠呿(あくび)す
沙門は瞑目(めとぢ)たり 永劫に

   ◇

「沙門」は、サンスクリット語の音写で、「つとめる人」の意味があります。ゴータマ・ブッダとほぼ同時代に出現したインドの新たな思想家たち、あるいは、出家して修行を実践する人たちを指します。

「懈怠」(けだい)は、仏教用語では、仏道修行に励まないこと、怠りなまけること。六大煩悩の一つあるいは二十随煩悩の一つとして数えられています。

「閑古鳥」は、カッコウ=写真、wiki。鳴き声が物悲しいので、寂れていること、寂れた店を閑古鳥が鳴いていると表現されます。

「蘭秋」は、ふつうに読めば「らんしゅう」、秋のはじめのことです。


   無言礼拝

竝樹街(なみきがい)に鉄軌(てつき)あり
長剣のごとくひかり 延び延びと
地平の焦点さして夙(と)く走れり
夜 月光ここもとに泊(は)てて
蒼白(あをじろ)きアンダンティノを綴る
沈黙は僭主(せんしゆ)のさまに世界(よ)を領(しろ)し
「時」は光の縷(いとすじ)を綱渡り
永劫さして忙げるなり
珍事(こと)ぞおこれる
万有(もの)の響 音 擾(さや)ぎわたりて地軸を揺蕩(ゆすぶ)り
災殃(まがつび)のごとく奇襲しきたりしかば
夜の花 不慮に眼ざめ
深林(もり)の若葉等は相抱擁(あひいだき)て吐息つき 慴伏(せふふく)す也
しばしの後 何者かの悲鳴は
擾乱の昏迷に口火点(つ)け
怕るべき叫喚世界(よ)を聾(し)ひむとす

されど視よ一分時(いつぷんじ)の後
何事かありたる

万物折目正しく静坐し
忍者(しのびのもの)の若(ごと)くにその声を呑み
樹(こ)の間ふかく
沈黙と黯黒(あんこく)とは密通のくちつけに心狂へる

無言礼拝(むごんらいはい)のとき いまぞ わが子らよ
わが子らよ

   ◇

「アンダンティノ」は音楽の速度標語で、アンダンテ(歩くような速さで)よりやや速めに、の意。「怕(おそ)る」は、気遣い不安がる、危ぶみ心配すること。

「僭主」は、前7世紀の後半から前5世紀の前半にかけて、ギリシアの多くのポリスに現れた独裁的な支配者の総称です。英語のタイラント(tyrant)はこれに由来します。彼らはほとんどが貴族の家柄でしたが、貴族政の乱れに乗じてこれを倒し、非合法な独裁政を打ちたてました。

「慴伏」は、ふつう「しょうふく」と読んで、おそれひれ伏すこと、勢力におそれて屈服する意があります。

2017年7月11日火曜日

日夏耿之介「羞明」「訪問」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩です。

   羞明

孟夏の十字街をおもへ
神ありて ここに街樹(き)を現はし
幹ありて水枝をたもち
枝ありて若葉をささげ
葉ありて果実をまもり
果(み)ありて核種をふせぎ
核ありて細胞をみとれる
細胞に性染色体のありて
稟性(ひんせい)のいとなみに勤(いそ)しめり
これ事実也
類推の至上指令ぞ
風は街頭に亡び
日輪(ひ)は高く頭上に盈(み)ち耀(かがや)き
人馬なく 鳥語なく 色相なく
物象に陰影あるなし
世界(よ)は あげて銀製の大坩堝(おほるつぼ)のみ
わが神経 かかるとき 羞明し歔欷(きよき)する也

   ◇

「羞明」は、まぶしいこと、まぶしさ、異常にまぶしさを感じる病的な状態をいいます。

「稟性」は天性。

「歔欷」は、すすり泣くこと、むせび泣きのことです。


   訪問

誰(た)ぞや 風 黒(かぐろ)きこの宵
内なる扉ほとほとと打ちたたくは
こころ 重傷して昏睡(まどろ)めり
こころ 夢の環境(めぐり)の彼岸(かのきし)に埋没(うづも)れてあり
あかき灯(ひ)のもと邇(ちか)くつどひて
わが懇切なる兄弟姉妹(けいていしまい)ら
夜(よ)の歓会(まとゐ)に酔(ゑ)ひぬるを
ああ 誰ぞ軟かき黒夜(こくや)の空気かき乱して
こころ憎くも忍び音(ね)の訪問(おとづれ)は
灯の侍童(じどう) 赧(あか)く愕ろき
淑やかに延びちぢみ
冷淡なる時圭(とけい) あしおと高く
人人 一旦に死を孕まむ
誰ぞや ほとほと 扉きしめき
物象ことごとく いま戦慄す

   ◇

「昏睡」は、現在ふつうには、外界の刺激に全然反応せず、反射もほとんど消失した最高度の意識障害のことをいいます。

「侍童」は小姓のこと。

「赧」は、あからめる、顔が赤くなる、恥じるなどの意があります。

2017年7月10日月曜日

日夏耿之介「真珠母の夢」「悲哀」

 きょうも詩集『転身の頌』から二つ詩です。

   真珠母の夢

こころの閲歴いともふかく
手さぐりでもてゆけば
明銀のその液体のうち
いろさまざまの珠玉あり
黄と藍は泪ぐみ
身もあらず臥(ふ)しなげき
緑と樺は泛(う)き泛きと
なか空に踊りぞめき
そこ深く黒玉坐して動かざるに
紅ひとり笑みつつもたかだかと泛み遊べり
さて 曇り玉ひとつ
泛きかつ沈み
蕩揺のしづけさに酔ふ

真珠母(しんじゆも)の夢

   ◇

「真珠母」(しんじゅぼ)は、真珠層ともいわれ、貝類などが外套膜から分泌する炭酸カルシウム主成分の光沢物質をいいます。

「樺」の読みには、かにわ、かば、かんばがあります。かんばは、カバザクラ、シラカバの古名ともされます。上代には、舟に巻いたり器に張ったりした、その樹皮をいいます。万葉集に「しきたへの枕もまかず、樺巻き作れる舟に」。

「蕩揺」(とうよう)は、ゆり動かすこと、ゆれ動くこと。


   悲哀

羸弱(るゐじやく)は この身に警策を打ち
心は 喘鳴(ぜんめい)して呼吸(いき)途絶えむ
心とともに沙(いさご)深く身を横臥(よこた)へてあれば
仲霄(そら)を別離(わか)るる日光(ひざし)うるみ
黒髪(くろがみ)おのおの寒慄(さむ)けく立ちあがり
なにものか わが家(や)を遁避(にげさ)らむとする若(ごと)し

   ◇

「羸弱」(るいじゃく)は、衰え弱ること、からだが弱いこと。

「警策」は、禅宗で座禅中の僧の眠けや心のゆるみ、姿勢の乱れなどを戒めるため、肩などを打つ木製の長さ1メートルほどの棒。

「沙」は、 すなのことです。

2017年7月9日日曜日

日夏耿之介「騒擾」「雲」

きょうも『転身の頌』から二つ詩です。

   騒擾

騒擾は 高きより来る
黎民(ひとびと) 聾(みみし)ひたるか
聾(みみし)ひなば 眼(まなこ)をみひらけ
薔薇(さうび)の花の紅(あけ)をうれしみ
八月の日の日の光の銀色にうち興じ
深く谿間黒燿の黝(くろず)めるをめでよかし
眼(まなこ)疲れなば 爾が嗅官(きうくわん)を使用せよ
かの味識(みしき)にても事足れるを
爾は訖(つひ)にその黄ばみ波うてる肌膚(きふ)の
かのいと荒き感触を斥けむと欲(ほ)りするか
輪環(りんくわん)の久遠をめぐりめぐりて
天上より降り来るかの騒擾(どよもし)を如実(まま)ならしめよ
または 爾の生をして 一旦
かなたに住居せるかの嬌憐と媾引(あひびき)せしめよ

   ◇

「騒擾」(そうじょう)は集団で騒ぎを起こし、社会の秩序を乱すこと。

「黎民」は、一般人民、庶民、万民。

「輪環」は、数学的には、ドーナツのような形をしたトーラスのことをいいます。


   雲

戦闘は大気緑明のもなかに在り
夙(と)く参加せざらめや
赤く爛(ただ)れし裂傷を繃帯(はうたい)し
その輝く銀冠を逆立てるよかし
日に涙(なんだ)あり
微風の跑(だく)を趁(お)ひ従(お)ひて
おんみは一万尺の巌頭(がんとう)に来り彳めり
おんみは戦線杳(はる)かに濁血(だくけつ)の不可思議を聴く
軟かき足なみを攮(ぬす)めよかし
泪ぐめる夕暮方は早も波打ち来れり
かくて夜の捷利必ずこれに次がむ
おんみは今や形態(かたち)なき白馬(はくば)の手綱を牽(ひ)く

   ◇

「跑」は、走る、駆ける、逃げる、歩く、奔走する、駆けずり回るといった意。

「攮」は、本来は(短剣や銃剣で)突き刺すこと、短剣、あいくちのことをいいます。

「捷」は訓読みで、かつ、はやい。「捷利」(しょうり)は、勝利と同義です。

2017年7月8日土曜日

日夏耿之介「夏落葉」「少人に予ふる歌」

きょうも『転身の頌』から二つ詩です。

   夏落葉

無辜と純鮮と
その水無月の日の後園を
白日(まひる)の鐘音(かね)いと疎慵(ものう)げに手まさぐり
日の光 行潦(にはたづみ)の面(おもて)に驕(おご)りて
かがやく 逞(たく)ましき 老はてたる
檞樹林(かいじゆりん)第一樹枝の若葉だち
しらじらと 燃えたちしとき
仄昏(ほのくら)き榛樾(しげみ)のほとりを 夙(と)く翔(かげ)り
はたと墜つる朱夏(なつ)更けし朽葉(くちば)ありけり
そのひびき 地を揺(ゆ)りし

   ◇

「無辜」(むこ)は罪のないこと。

「行潦(にはたづみ)」は、雨が降ったりして、地上にたまり流れる水。

「檞樹林」は、「檞」(かしわ)の林か。

「榛」は、はしばみ、雑木や草が群がり生えること、やぶ。

「樾」は、木陰の意だそうです。


   少人に予ふる歌

八月は野の白宵(ゆふべ)に心おごりたるに
都市(みやこ)よりの早乙女(さをとめ)だち
山ふもと 洋館は白き仔羊(こひつじ)のごとく
七つの若き瞳をまばたき初めてけり
その大いなる聖手(おんて)を延して 今や
神は海上遠く夕映(ゆうばえ)の黄金砂(きんさ)を鏤(ちりば)めたまひぬ
爾(きみ)が椿萱(かぞいろ)も 爾(きみ)がよく秘めたる妹好(ひと)も
胸疾(や)みたまふ女兄(あねぎみ)も 仇敵(きうてき)の一団も集ひしぞ

憖(ああ) まんまろき青(あを)大空のもと
しどけなき砂丘に攀(よぢのぼ)り
夏夕風(なつゆふかぜ)の赴くなべに
哀傷(かなしき)かぎりなき頌(うた)に生きよ しばしなりとも

   ◇

「椿萱」は、椿堂が父を、萱堂が母をたとえて、父母のことを指します。

「憖」は、ふつうは「なまじ」「なまじい」と読みます。中途半端であるさま、いいかげん、なまじっか。しなければよかったのに、という気持ちで用いられます。

「頌」は、「しょう」と読む場合、古くは、中国最古の詩集『詩経』で、全詩を六つのジャンル(六義)に分けたうちの一つで、宗廟の祭礼における舞楽の歌をいう。「ほめうた」を意味します。



特有の文体で、農事の神々、祖先、君王の盛徳などを形容し、賛美、頌揚、祈求するものでした。後に、対象が鬼神帝王から一般人や普通の事物へと拡大され、漢の揚雄の「趙充国頌」、晋の劉伶の「酒徳頌」、唐の韓愈の「子産が郷校を毀らざるの頌」などが作られました。

2017年7月7日金曜日

日夏耿之介「王領のめざめ」「驕慢」

 きょうも『転身の頌』から詩を二つ。

  王領のめざめ

人人よ 王領(おうりやう)こそは覚醒(めざ)めつれ
時ありて 王土の番卒は
緇(くろ)く黄なる抱服をその身に纏ひ
夜守(よもり)の燭(しよく)をかかげ
あけぼのに 一位の森を巡警す

日出で 月逝(さ)り
森には露かがやけども
赤く爛(ただ)れし王土の春は
かつてひとむらの野の花の花咲き狂ふ
繁殖の怡悦(よろこび)だに遞(つた)へたることもなし
また 皎(しろ)き日光(ひのひかり)の鋭(と)き香ありて
吹上(ふきあげ)の水沫(みなわ)に噎(むせ)べど
樹(こ)の間に光る幻覚(まぼろし)の彩(あや)のみ栄(は)えて
青き小禽の囀りだに得聞えず

いま 昴宿(すばる)いで
夕風 疾(はや)く駛(はし)り
膨張(ふくら)める地平の遥か杳(はる)かかなた
あわただしき夜の跫音(きようおん)をきく
あはれ 王領の濁れる春宵(よひ)に
わが女王(によわう)らも 王子らも
いちはやく めざめたり
おそらく永劫に覚醒(めざ)めしならむ

禽謝(とりしや)し花凋(しぼ)み
天然と中宵(ちゆうせう)としばし抱擁(いだ)きて
哀楚(かなしみ)や幽欣(よろこび)の歓会に楽しび耽けるとき
王領こそは覚醒めつれ
そはおそらく 永劫に覚醒めしなるべし

   ◇

「抱服」は、もともとは「捧腹」。「捧」はかかえる意で、ふつう、捧腹絶倒というように、腹をかかえて大笑いするさまをいいます。。

「遞(逓)」には、逓信、逓送というように、横へ横へと次々に伝え送る意。

「遥か」は遠くまで眺望が開けているさま、「杳か」には奥深く暗いさまを表すようです。


   驕慢

蘭引(らんびき)の上に踊る心
梟木(けうぼく)の傍(かたへ)に はた 彳(たたず)む心
心は天地(あまつち)の魂に倚り加餐(かさん)し
また 宇宙新教徒の気軽き微笑(ほほゑみ)を企つ

されど神よ 多く災(わざはひ)する事なかれ
開けゆく夜の間の小さき叫び
晨星(しんせい)とともに消えはてむ迄

   ◇

「驕慢」(きょうまん)は、おごり高ぶって人を見下し、勝手なことをすること。

「蘭引」は、ランビキ、兜釜(かぶとがま)式焼酎蒸留器。江戸時代に薬油や酒類などを蒸留するのに用いた器具、「梟木」はさらし首をかけておく木、獄門台のようです。

「加餐」は、養生すること、健康に気をつけること、「時節柄御加餐ください」。

「晨星」は、 明け方の空に残る星のこと。

2017年7月6日木曜日

日夏耿之介「夜の思想」「紅宵」

 きょうも『転身の頌』から二つの詩を読みます。   

   夜の思想

なにものかあり 鬨声(ときのこえ)はわれを連行(はこ)ぶ

われは 瓦斯体(がすたい)のごとく揺曳(えうえい)す
われは 数多(かずおほ)くの世界とその前後(あとさき)とを瞥(み)たり

昏瞑(やみ)はしばしば悲鳴をあげ
その下霄(しもぞら)に黄色の月ひとつ泛べる
微風(そよかぜ)は心をして温情ならしむ歟(か)

あはれ おびただしきわが心の産卵哉

   ◇

「揺曳」(ヨウエイ)は、ゆらゆらとただようこと。また、音などがあとまで長く尾を引いて残ること。

「昏瞑」(コンメイ)は、暗いこと、暗くてようすのわからない意。


   紅宵

野にいでて
淑(しと)やかに
吐息(といき)すれば
昊天(そら)は沈み
地は臥(ふ)しまろび
落日(いりひ)のみ
きらきらと
世界に膨張(ふくら)む

   ◇

題の「紅宵」はコウショウと読んでおこうと思います。

「昊天」はふつう「こうてん」と読んで、夏の空、広い空、大空のことをいいます。

「まろび」は、まろぶ、転ぶ。ころがる、ひっくりかえる、倒れるといった意味です。

2017年7月5日水曜日

日夏耿之介「白馬の歌」「洞穴を穿て」

きょうも『転身の頌』から二つの詩を読みます。   

   白馬の歌

稚(いとけな)き造化(もの)われら
敬虔(けいけん)の心一途(いちづ)に捧げまほしく
薄暮(はくぼ)の河畔にぬかづく
きみの白馬(はくば)にうち騎(の)り
殉情の星より僥倖(げうかう)のごとく降(くだ)りたまへる
岡巒(やま)も艸木(き)も深林(もり)も野もいま怡悦(よろこび)に顫(ふる)へたり
瞳は繊(かぼそ)く麗はしく柔(やさ)しげに謙仰しつつ
爾が崇貴(けだか)き白馬を仰ぎ胆望(み)たり
烏呼(ああ) なのものの痴言ぞ 蕪穢(ぶわい)するは
跪坐して久しく己(おの)が脈搏をとるわれに
なにものぞ これ亡びゆく枯葉(こえふ)のみ
爾(きみ)は遠来(きたれ)り
白馬の騎士 至上なるもの
もろ手もて爾(おんみ)を抱擁(いだ)かむ

   ◇

「巒」は、音読みでは「ラン」、やまなみ、山の連なり、峰を意味します。

「蕪穢」は、雑草などが生い茂って、土地が荒れていることをいます。 「最も近き道は、最も蕪穢なるものなり(西国立志編 )」


   洞穴を穿て

暟(しろ)き朱明(まなつ)の高原にいと深き洞穴を穿て
雲雀(ひばり)は露けき叢(くさむら)に狂ひ
地蜂は垂直に出陣すなるを

大いなる洞穴を穿(うが)ちをはらば
猴利根(かしこ)く喧擾(かしま)しき老幼男女を埋没せむ
夕日 巒巒(やまやま)を血塗りて
白日のいともの静かなる殺戮もはてなば
亡きもののために夜鳴鳥は歌うたはなむ
このとき爾(きみ)は 青く悩める弦月の
神経質なる微笑に逢着するならむ

   ◇

「暟」は、ふつう「カイ」「てらい」と読みます。霜や雪が一面、白く見えるさまを「皚 皚(がいがい)」ともいいます。

「朱明」は、ふつうは「シュメイ」と読み、夏のこと、太陽をさすことも。類語に、朱夏があります。

2017年7月4日火曜日

日夏耿之介「塵」「青き隕石」

きょうも『転身の頌』から二つの詩を読みます。   

   塵

塵ひとつ泛びたり
日輪(ひ)はいときらびやか哉
航空騎士敢行歟
光れる天童の巡察歟

虔(つつ)しみ畏(いやま)ひて ひたすら
天来のおのが所持せざる力を頌(ことほ)ぐ

   ◇

「騎士」とは、もともと、中世ヨーロッパにおいて荘園の支配を保障される代わりに騎兵として戦うことを義務付けられた身分のことを指します。

「歟」の訓読みは、か、や。文末の助字、疑問・反語を表す助字として用いられます。「頌」には、たた(える)、ほ(める)といった訓読みがあります。

「天童」は本来、仏教の守護神や天人などが子供の姿になって人間界に現れたものをいます。


   青き隕石

白き光おびただしく放てる碧き隕石の墜落は
巷に悲鳴の花咲かせり
此時賢人来り 多く蒼人艸(たみくさ)を呼ばひて曰(い)へりき
子らよ 悲しき愕(おどろ)きもて神は爾(おんみ)の胸を燬(や)けり
出でよ 戸外(こぐわい)に趁(わし)れ 俯聴(ふてい)せよ
仰げよ 彳めよ 将た祈禱(いの)りてあれ
神はわが世の扉口(とぐち)に在(い)ませりと

   ◇

「趁」の読みは、ふつう「おう」「チン」。追う、という意味があります。「俯聴」は、「ふちょう」ともいい、うつむいて耳をすます意味です。

「蒼人艸」は、民草(たみくさ)、青人草(あおひとくさ)、すなわち、人民、蒼生、国民のことなのでしょう。人が増えるのを、草が生い茂るのにたとえた言葉。日本書紀(神代上訓)に、「葦原中国(あしはらのなかつくに)に有らゆるうつしき青人草の」とあります。

「俯聴」の「俯」には、うつむく、身をかがめて下を向くという意があります。

2017年7月3日月曜日

日夏耿之介「AB INTRA」「汚点」

きょうは『転身の頌』から二つの詩を読みます。

   AB INTRA

降り積もる深雪の中の太陽より
惨死せる縞蜥蜴(しまとかげ)の緑金の屍(しかばね)より
暴風の日の林間湿地より
初夏陽炎(やうえん)の瞳の契点(さなか)より
沸きのぼれる銀光水液(ぎんくわうすゐえき)
流動体結晶の水沫(みなわ)の果
はた悉皆(あらゆる)幻覚の心なす 翼ある天童

   ◇

「ab intra」は、ラテン語で「内部から」の意味。逆は「ab extra」だそうです。

ニホントカゲ=写真、wiki=は、幼体の体色が黒や暗褐色で5本の明色の縦縞が入っていることから「縞蜥蜴」と呼ばれることがあります。


   汚点

赤き五月の満月の手綱のもと
万物は皎(ましろ)く烈しく息つかひす
連峯(れんぱう)は軟らかく小胸膨張(むねふくら)み
隠逸に足うら延ばせる大傾斜面也
瞑目(めとぢ)たる風防林の黒衣(こくえ)の裾めぐり
銀声して狂ひ奔(はし)る幽澗あり
聴け 正義に枕(よ)る水車場の雄叫(をたけび)を
色青さめ吐息する谿谷の夜風の醜状(さま)を
ああ かかる夜爻(よさり)
世界より世界を貫きて
叫(おら)び翔(かけ)る月夜烏(つきよがらす)の悲鳴と
白布(びやくふ)の汚点のごときその影と
勁(つよ)く遒(つよ)くわが心を彳立(たたず)ましむ

   ◇

「澗」(カン)は、谷、谷水のことを指します。「爻」(ギョウ、コウ)は基本的に「まじわる」の意。「勁」には、ぴんと張りつめているイメージ、「遒」には、せまる、近づいてくる感じがします。

2017年7月2日日曜日

日夏耿之介「晶光詩篇」

きょう読むのは「晶光詩篇」です。タイトルに「sweetnessは強調より生れ出づ。――ウオルタア・ペイタア」という添え書きがあり、短詩12編で構成されています。

霄(そら)は悲しび
遊星の眼を哭(な)きはらし
さめざめと
銀の泪(なんだ)す 卯月の夜!

地平は紫に暮れ
人在らず
雲駛(かけ)りゆけば
丘はしきりに小躍りすも!

秋の日 黄にただれ墜ちて
霊(こころ) まんまろく跼蹐(かが)みたり矣
万象(もの)の光亡(ほろ)びはて
呼吸(いき)だに陰影(かげ)もなきに!

こころの重錘(おもり)落ちたり
第三の小窓をあけ放てよ!
瑠璃いろの夏の世界を
爾(おんみ) ただ哀しき白鳥にてこと足らむ!

薄暮(くれがた)の街路 銀(しろがね)にひかり
雙刀(さうたう)の相交線(そうかうせん)をつくるなかに
雲よりうまれし一鳥(いつてう)は
嗟呼(ああ) かくありて惨死するならむ!

小さき鳩の叫びごゑ!
明色(めいしょく)の背景に起き臥しし
大きくたかく力つよき
わが呼吸(いき)のものかげ!

たましひは夜の月にやどる
黒瞳(ひとみ)には緑の髪にほひぬ
爾(きみ)が佳人(をみな)の銀鐶を巵(さかつき)に投じなば
あらゆる没落を感じずべき邪(か)

かぎりもなき悲哀を汲み収(と)り
かぎりもなき沈黙の壺に封じぬ!
いく世の春を睡(ねむ)りさり
なほわれは仲夏白日(なつのまひる)の清乱を恋ひしたふ

大気はあけぼのに酔ひて
黔(かぐろ)き家竝(やなみ)みだらにも波うてり
赤き木の実 地に墜ちしかば
旻序(あき)はつひに逝(みまか)りしか!

やはらかき雙(ふた)つの手 半霄(そら)をすべり来て
顫(ふる)へたる心をとらへぬ
泪(なんだ)の浴泉をたちいでて
かく美装(びさう)せるわれなり!

市民の跫音(あしおと)は恒にもの悲しくまろび
小鳥は哀憐(あいれん)の灯を
白日の虚空に点ず!
こころ一定(いちぢやう)にもとめやまねど

青く哭しめる
世のすべての女性(によせい)をかきいだかば
女人らはたえざる楽奏に嬉(うれ)しみ
かつは おどろおどろしき朝暾(あさひ)を嗤笑(わらは)む!


「晶」は、きらきらと輝く意。また、原子が規則正しい配置をとった鉱物の形をいいます。なぜか私は、現代の発光ダイオードの光を連想しました。

「霄」は、大空、はるかな天のこと。音読みは、ショウ、セウです。「卯月」は、陰暦四月の異名、卯の花月、夏の季語です。

「駛」の音読みは「シ」、訓読みはふつう「は-せる」「はや-い」で、馬を速く走らせるときなどに使われます。速く走ることの意で、「駛走」「急駛」などの単語もあります。「急駛せる車の逆風(むかいかぜ)に扇(あお)らるるが」(紅葉・金色夜叉)

「跼蹐」は「跼天蹐地」(きよくてんせきち)の略で、ふつうは「きょくせき」と読みます。おそれつつしんで、からだを縮めること。 「この不自由なる小天地に長く跼蹐せる反響として」(福田英子『妾の半生涯』、明治37年)

「重錘」は「じゅうすい」とも読まれ、特に分銅などのような錘(おもり)のことを指すようです。「瑠璃いろ」は、やや紫みを帯びた鮮やかな青。

「雙刀」は、中国の刀の一種で、一つの鞘(さや)に二つまたは複数の刀身が入っているものをいうそうです。

「鳩」の名は、パタパタと飛び立つときの音に由来するようです。「九」+「鳥」の「九」は鳴き声(クルッククゥー)からという説も。漢字「鳩」のキュウ(漢音)やク(呉音)も、鳴き声に近い感じがします。

古墳の石室から銀鐶が見つかった、というような話を聞くことがあります。ここの「銀鐶」とは古代、指などに付けた輪の形をした飾り、あるいは、玉や鈴にひもを通して肘のあたりに巻いた装身具のことでしょうか。

「巵」は「し」ともいい、むかし中国で使われた酒杯。鉢形で、両側に環状の取っ手がある大杯をいうそうです。

「仲夏」は、夏の3か月の中の月、陰暦五月の異名。「白日」は、真昼のこと、白昼。「白日夢」という言葉もあります。

「旻」は、「あきぞら」の意味。日光が淡く、心細い秋のそらをいいます。「旻序」は、秋節、つまり、秋季、秋の季節という意もあるようです。

「半霄」はふつう「はんしょう」と読み、中天、中空、半空、空のなかほど、などの意味だそうです。「美装」は、美しよそおい。『或る女』(有島武郎)には「生活の美装という事に傾いていた」とあります。

「跫音」は「キョウオン」とも読み、足音のこと。足音がかつかつと聞こえるさまを「跫音戛然」(キョウオンカツゼン)といいます。

「朝暾」は「ちょうとん」とも読んで、朝日、朝陽のことを指します。国木田独歩の『愛弟通信』に「真紅の朝暾瞠々として昇りそめたり」とあります。

2017年7月1日土曜日

日夏耿之介「癡者をして」「死と愛と」

きょうも『転身の頌』から二つの詩です。

   癡者をして

臨終(ほろび)ゆく王者の喔咿(ほほゑまひ)は哀切(かなし)くとも
その泪(なんだ) ことごとく透明なるを
多数(おほ)き市民の歓笑をしたはむは
なほ訖(つひ)に瞑目(めとぢ)て遁逃(にぐ)るがごとけむよ

癡者 われらをして
ただひとたびの孤寂(ひとり)あらしめよと祈る也

   ◇

「癡者」(おろかもの)の「癡」(ち、痴)は、仏教が教える煩悩のひとつ。愚癡(ぐち、愚痴)、我癡、無明ともいいます。 万の事物の理にくらき心をさします。仏教で人間の諸悪、苦しみの根源と考えられている三毒、三不善根の一つ、という意にも使われます。


   死と愛と

小胸ひろげて
死なむ哉
生命(いのち)は中有沓(ちゆううはる)かに翔(と)び
かの聡明(さか)しき星辰(ほし)に泊(やど)かるべき耶(か)
愛には天恵(めぐみ)あり
我に死あり

   ◇

「中有」は仏語で、四有(しう)の一つ。死有から次の生有までの間、人が死んでから次の生を受けるまでの期間を指します。7日間を1期とし、第7の49日までとされます。一般に、空中、空間の意味にも使われます。

2017年6月30日金曜日

日夏耿之介「愛は照る日のごとし」「怕しき夜の電光体」

 きょうも『転身の頌』から、詩を二つ。

   愛は照る日のごとし

神の聖座に熟睡(うまい)するは偏寵(へんちよう)の児(うなゐ) われ也
人畜(もの)ありて許多(ここだく)に寒夜(かんや)を叫ぶ
まことその叫喚(さけび)を聴くは我が身のみ
心かなしく枯坐(こざ)しつれば
狂譟(をめき)は しばし金色の愛なりけるを
あはれ 万有(すべてのもの)の稟性に光(みひかり)あれ

野(や)に躡詰小止(ふみたけびをや)みなけれど
雄叫(をたけ)ぶは夫(か)の力なき山野の人畜(にんちく)のむれにのみ歟(か)
その吠嘷(さけび) かならず惨(いた)ましき哉

わが愛は照る日のごとし
夜は きはみなく寒く
暗黮(やみ)にして人畜恒に哀嗷(かなしびな)けども
ただ道(い)はむのみ
その惕号昧爽(おらびよあけ)とともに消え逝くべしと

   ◇

「偏寵」は、特別にかわいがること、非常に気に入られること。

「許多」はふつうは、「女御・更衣あまたさぶらひけるなかに(源氏 ・桐壺)」のように「あまた」と呼んで、たくさん、多数、非常に、といった意です。

「躡」には、足音を忍ばせる、追跡する、尾行する、「惕」には、危険や誤ったことに対して心理的に警戒する、用心するといった意味があるようです。

「惕号昧爽」はよくわかりませんが、「惕」はつつしむ、「号」は叫ぶ、「昧爽」は、明け方のほの暗いときの意味があります。


   怕しき夜の電光体

電光 宵夜(よる)を光れりけり
色碧(あを)くいと凄惨(すさま)じきその放射熱哉
電光を凝視(みつ)めなば
生命(いのち)は石灰石のやうに凝固しなむ
傷哀の涙多(なんだ)く昊天(そら)に盈(み)ち満ちわたり
愛は燃え下りて白蠟(びやくらふ)のごとく溶解失(とけう)せなむ

光より放れしたまへ 否 否
光たらしめたまへ わが神よ

   ◇

「怕」の音読みは、ハ、ハク、訓読みは、おそ(れる)。おそれる、心配する、の意味があります。

「盈」には、満ちるという意のほか、だぶつく、余る、余分といった意味合いもあります。

2017年6月29日木曜日

日夏耿之介「魂は音楽の上に 」「心望」

 きょうも『転身の頌』から、詩を二つ読みます。

   魂は音楽の上に

魂(たましひ)は音楽の上に
狂ひ死したる女児(をみなご)の黒瞳(ひとみ)の追憶(おもひで)の契点(さなか)に
暛(ああ) わが生(せい)悉く色濃くもきらびやかに映れりき
わが怡悦(よろこび)はひそやかに茂林(もりん)の罅隙(ひまびま)を漫歩(そぞろあ)りく也

心の吐息(といき)を愛でいつくしめ
烏呼(ああ) わが七情(じやう)をばかの積雲の上に閃きいづる
賢き金星に鉤掛(かぎか)け
肉身(にくしん)は四月の夜の月光の香気中(にほひもなか)に溶解(とけ)しめよ

   ◇

「罅隙」は、通常「かげき」「こげき」と呼んで、氷河や雪渓の割れ目、クレバス、裂け目、割れ目、亀裂などの意味で用いられます。

「七情」は、7種の感情。「礼記(らいき)」では、喜、怒、哀、懼(く)、愛、悪、欲。仏教では、喜、怒、哀、楽、愛、悪(お)、欲をいいます。


   心望

あまたの泪 心ひとつにて
白日
神殿に額(ぬかづ)き祈る

こころ沈潜(しづ)み
肉は疼(いた)けれど
かく一心に瞑目跪坐(めいもくきざ)し礼拝する斯(こ)の我(み)也

嘻(ああ) 春の夜の朝ぼらけに
全き生活(いとなみ)の銀波だちいとたからかに唱(うたうた)ひ
果敢(いさま)しき揚雲雀ら来啼きそめて
若葉ども角(つの)ぐみ萌えいでては
あめ色の畦道(あぜみち)だも 泪にいとど霑(しめ)りぬる
こころは裸身 潔斎し
神よ 爾(おんみ)にぬかづきて
将(は)た なにものをも瞥(み)ず 聴かざる也

烏呼(ああ) 人間われらの泪をして
わが世を氾濫せしめたまへ
ねがはくは いまの時をして
奇蹟の上代(むかし)に復帰(かへら)しめたまへかし

我身をして さながら一本(ひともと)の艸本(くさだち)の根に復帰(かへら)しめたまへ

   ◇

「跪坐」は、ひざまずくこと。「仏間にはいって行き、跪坐合掌して念仏を称えたのだから」(里見弴「安城家の兄弟」)

「揚雲雀」=写真、wiki=は、空高く舞い上がってさえずっているヒバリ。繁殖期が始まるとオスが囀りながら高く上がり、縄張り宣言の行動を取ります。

「潔斎」は、神仏に仕えるため、酒肉や男女の交わりを避け、けがれた物に触れず心身を清らかにしておくこと。ものいみ。

2017年6月28日水曜日

日夏耿之介「吐息せよ」「ある宵の祈願の一齣」

 きょうも『転身の頌』から、詩を二つ読みます。

   吐息せよ

吐息(といき)せよ
巨いなる靭(つよ)き怡悦(よろこび)にて
幺(ちひ)さき悲哀(かなしび)の坩堝(るつぼ)のなかふかく
おんみの身(かたち)しつらへ
祭壇のもと 跪坐礼拝(きざらいはい)して
あらゆる爾(おんみ)とともどもに吐息せよ

   ◇

「吐息」は、ふつう、落胆したり緊張がゆるんだりしたときに思わず出る息のことをいいます。長め、深めの溜め息に対し、僅かで浅めの印象を受けます。古代ギリシャで「息」は「プシュケー」と言いましたが、この語はやがて命、魂、心まで指すようになりました。日本語でも「息」から「いきる(生きる)」という表現が生まれたようです。

「跪坐礼拝」は、神仏を敬って、ひざまずいてすわり拝むことです。


   ある宵の祈願の一齣

一人(にん)をして生存(いき)しめよ
千人みな死しはてんも
万象ことごとく蠢動(うご)かざらんも あはれ
あはれ かの高山(たかやま)に登攀(よぢのぼ)り
沈みゆく落日の悲壮に心かなしみつつも
内なる神の稜威(みいづ)を頌へむかな
一人をして生存しめよ

   ◇

「齣」(こま)は、切れ目の意。写真や映画で、フィルム上に記録されている枠取られた一画面、小説、戯曲などの一場面のことです。

「稜威」は、「りょうい」または「みいつ」と読んで、天子、天皇の威光の意。また「いつ (厳、稜威)」として、神聖である、斎み清められていること、勢いの激しいことなどを表します。『古事記』に 「稜威の男建(おたけび)踏み建(たけ)びて」とあります。

2017年6月27日火曜日

日夏耿之介「心を析け渙らすなかれ 」「黙禱」

 きょうも『転身の頌』から、詩を二つ。

   心を析け渙らすなかれ

心を析(わ)け渙(ち)らすなかれ
秋の日の林間に滴(したたり)落(おつ)る小泉の水沫(みなわ)を矚(なが)めよ
細微(すくな)い水量(みづかさ)は恒に神の黒瞳(ひとみ)のやうに澄み勝(まさ)る
きみが持てる古瓶(こべい)に注心(こころし)て夙(はや)く載(み)たせよ
脣(くち)うるほひ その心性浄化(こころきよま)りしか
まなこを矯(あ)げよ
海に消えゆく白帆(しろきほ)の行衛について知るか
瑠璃色の半霄(なかぞら)に 心三日月のやうに航しゆけど

   ◇

「析」にはこまかく分かつ、こみ入ったものを解きほぐす意、「渙」には水が広がり流れる、氷が溶けて水が広がるさまといた意味があります。

「半霄」は、「はんしょう」とも読み、中天、中空、半空、空の中ほどのことです。


   黙禱

黄色き地平のかなた――世界の隣室より
異相の幽人(ひと)窺へる
人人 俯伏せよ
ことごとく擲(なげう)て 悉皆(すべ)てみな拒け斥(き)れ
草木(さうもく)のひと葉ひと葉の真実(まこと)の道(ことのは)を彳み聴け
威(ちから)ある真実の道(ことば)は命運の将来せる二の世界か
爾(おんみ)はその不可思議なる霊(たましひ)の所在につき困(くるし)むならむ
およそ人間生の彼方につき臆(おも)ひ兜(まど)ふならむ
威ある道(ことば)の中有(そら)のかなたより生れいでて
われらに示唆(さと)すは二の世界也
神のみ姿 所現(あらは)れかつ沈潜(しづみ)ゆくとき
人間(われら)のあまた 枯れかつ萌え出(いづ)る也
神よ 爾の威(ちから)ある道(ことば)を我(ひと)に永劫ならしめたまへかし
稚淳(ちじゆん)なる草木の葉は 嵐を謙抑俯伏(けんよくふふく)しけり
我(ひと)かぎりなく駛(ゆ)きまどへるか
夙(と)く驕れる知見の触覚を亡(なみ)したまへかし
烏乎(ああ) 神よ われら久しくその道(ことば)を聆(き)く
われら頑迷(かたくな)の存在(ひとみな)をして
艸や木の一葉(ひとは)一葩(ひとひら)のごとく在らしめたまへかし

   ◇

「黙禱」は、古くは中国・唐の韓愈の詩にみられる言葉。国内で黙祷が浸透するようになったのは、1923(大正12)年9月1日に起こった関東大震災の1年後の慰霊祭で、地震発生時刻の午前11時58分にあわせて1分間の黙祷をする催しが行われてからのようです。

2017年6月26日月曜日

日夏耿之介「ある刹那に諷へる歌 」「白き雪の上の大反射」

きょうは二つの詩を読みます。

   ある刹那に諷へる歌

清潔(きよ)き身(からだ) 世界大にふくらみて
心 おともなく力籠めて地球を押す
騒音なく 更改なく 乖離なし
爾(おんみ) 素樸(そぼく)なる地球よ
臥(ふ)し転(まろ)び
一瞬の後爾は聴かむ
わが体内より鳴りひびく微かなる時圭(とけい)の音を

   ◇

「刹那」(せつな)は、仏教の時間における最小の単位。その長さについては諸説あるようですが、一説には、指をひとはじき(弾指)する時間が、65刹那にあたると言われています。

人間の意識は、一刹那の間に生成消滅を繰り返す心の相続運動である、と説かれることもあるとか。

「諷」の読みは「フウ」。訓読みはよくわかりませんが、「節をつけてとなえる」という意から「とな」へる、と読んでおくことにします。



   白き雪の上の大反射

厳(いかめ)しきとどろきと
鋭利なるその肯定と
噫(ああ) 笑み傾けし太陽の
真白き雪(みゆき)の上の大反射
万有(すべてのもの)銀(しろがね)に甦り 上天(じやうてん)碧(あを)く沈着す

何者かあり かく仮装せしめしぞや
愕ろきて自(おのづか)ら魂の秘奥(おくが)を訪へば
震慴(しんせふ)して 羞明(しうめい)せり矣

何処(いづく)に混色ありや 広く高く大傾斜面高唱するを
喜悦(よろこび)にうち坐乗(のり)てわれ
瞑目し 散策すれば
最黝(いとくろ)き物象の最幺(いとちひさ)き銀色世界の存在哉

さらば 純一鋭雋(えいしゆん)の爾(なんぢ) 世界
臨終(いまは)の心態(こころ)もて 爾を頌がむ也

   ◇

「震慴」は、ふるえ恐れる、ふるえおののくこと。「羞明」は、強い光を受けたとき、不快感や眼の痛みを生じることをいいます。

雪は入ってきた太陽光をほとんど吸収することなく、散乱光として送り出します。すべての波長を反射したときに見えるのが白。それで、雪は白く見えます。

2017年6月25日日曜日

日夏耿之介「海の市民」

   海の市民

透明なれば
こころは 空(くう)に泛(うか)べり
日輪(ひ)は照り波唱(うた)ひ 緑明の虚空(そら)澄みわたりぬ
ああ 肉身(み)はかろく
智慧(ちえ)はおもきかな
吹きおこる疾風を截断して
香気(にほひ)高き積雲の丘に翔ばむ

大地(ち)はつめたく黙(もだ)し寂慮(しづも)り
ここに 聖火(ひ)の秘密を封ず
喧擾(どよもし)は都市(みやこ)を蕩揺(ゆすぶ)り
人人(ひとびと)かくもその生存を咆吼するか
こころは日光(ひかり)のごとく
依的児(ええてる)の洪波にまたがり
かく翔(と)びゆくはいと快き福祉かな

「寂慮」(せきりょ)は、しんみりと静かに思うこと、寂念。

あはれ 渚に臥しまろぶ大魚のむれを視たまひしか
めいめいの白沙(びやくさ)は陽の天恵(めぐみ)を獲(か)ちえて
暖かく亡びし有情(もの)を裛(つつ)みけり
海の市民ほろびしか
夥(おびただ)しき幸の獲物を購(え)ま欲しと集ひ匝る人人よ
悲しき沖の弔音をこのとき聴く歟(か)

『久遠』の呼吸(いぶき) 神の寵児(めぐしご)
わが赴(ゆ)く丘の露けき朝(あした)をともにともに歌謳(うた)はなむ

あはれ 海の異族のほほゑみを覩(み)たまひしか

赴(ゆ)かむかな
悲哀(かなしみ)は涙(なんだ)とともに涓(なが)れたり
心肉(み)は浄(きよ)くかろく 智慧はおもきかな
落日(ひ)の謝しゆくかなた 積雲の丘へ
風を截(き)り 雲かきわけて忙(いそ)がなむ

久遠の生命(いのち)の僚友(とも) 海の市民


「寂慮」(けきりょ)は、しんみりと静かに思うこと、寂念。

「依的児(エーテル)」は、化学では、有機化合物のひとつ。古来天界の物質として考えられ「天に帰ろうとしている物質」と思われていたこともあるそうです。19世紀以前の物理学の世界では「宇宙はエーテルで満たされている」とされ、光などが空間を伝わる際の媒質となっていると考えられていました。それを否定したアインシュタインは、エーテルを物質を表す言葉とせずに、真空であっても重力場や電磁場が存在することから、こうした空間をエーテルと呼ぶことを提唱しました。

「洪波」は、おおなみ、洪濤(こうとう)。

「裛」は、音読みは、オウ、ヨウ、ユウなどで、訓読みはだと「ふくろ」。

「匝」の音読みはソウ、訓読みは、めぐる。周囲をぐるりとひと回りする、という意味があります。基本字は「帀」で、「匝」は俗字のようです。

「覩」は、見る、でも、目睹、じかに見る、という意味があるようです。

2017年6月24日土曜日

日夏耿之介「雙手は神の聖膝の上に」「空気上層」

きょうは『転身の頌』から「雙手は神の聖膝の上に」と「空気上層」の二つの詩です。

   雙手は神の聖膝の上に

雙手をあげよ
こころゆくまで
脈搏途絶えて
火(も)ゆる血行の ことごとく萎えはてむまで

天心たかく――眶(まかぶち)ひたと瞑(と)ぢて――
気澄み
風も死したり
ああ 善良(よ)き日かな

雙手はわが神の聖膝(みひざ)の上にあらむ

   ◇

「雙手」(そうしゅ)は、 両方の手、両手、もろて。「雙手を挙げて賛成する」などと使います。片手は、隻手(せきしゅ)。

「眶」は、目のふち、まぶち、まなかぶら、「小男の眶を痛く突きたりければ」〈今昔・29・30〉



   空気上層

空気上層を翔(かけ)る
人よ
衆庶(なんだち)なにものぞ
翼 烈風を截断(せつだん)して
手を拡げ 霊(たましひ) 陽光を吸ふ
点在するは弱少幺微(えうび)体。
普天にうごく神のおもみをわれ感ず

   ◇

「幺微」の「幺」(ヨウ)は、もともと糸束(いとたば)を描いた象形文字。絲(シ)を構成する糸は糸束に紐を結んだかたちですが、幺は紐の結びがない状態。糸から下部の小を省いた幺となり、糸たば、細い糸、糸の先、さらには、ちいさい、ほそい、かすかなものを表します。

そして、似た意の「微」と結びついた「幺微」も、小さい、細かいといった意味。ただ、「弱少幺微」というように、ここまで微弱なイメージの漢字を連なると、その細かさにも極めつくされたものの感があります。

*写真はwikipediaから。

2017年6月23日金曜日

日夏耿之介「快活なVILLA」

    快活なVILLA

快活なわがVILLAの四檐(めぐり)に雨降る
新緑の初春の朝(あした)也
おもたき草木の睡眠(ねむり)も新鮮に夢めざめ
大地は 橙黄色(とうくわうしよく)に小唄(さうた)へり
力ある律動の快感哉
かかるとき
都市(みやこ)よりの少人(せうじん)らが
紅きBALCONにゐならび歌(うたうた)へるを听(き)けよかし
野の鳥は口噤(くちつぐ)みはて
性急の筧(かけひ)もいまは呼吸(いき)を呑みぬ
少人(せうじん)らよ
爾ら 無念(ぶねん) 銀声するとき
柔らかきその小胸(こむね)ふかく
滴り落つる透明の泪(なんだ)の奥ぶかく
かの所有者を幻に矚(み)む


きょうの詩には、フランス語が二つ。「VILLA」は、別荘、邸宅。「BALCON」は、バルコニー、バルコニーの手すりのことです。

「檐」は、訓読みでは、のき。屋根の下の、建物の外壁から張り出した部分。庇(ひさし)の意味で用いることもあります。

「噤」は、訓では「つく(ぶ)」と読んで、口をとじる、だまる、つぐむこと。

「筧」は、懸け樋。地上にかけ渡して水を導く、竹や木の樋(とい)。かけどい。

「銀」は、美しい白い光沢を放ち、月と関連づけて語られることも多いのですが、「銀声」は、そんな混じりけのない鋭い色彩を、「少人」すなわち子どもの叫びの喩えに用いているのでしょうか。

「矚」の音読みは、ショク、ソク。「みる」とくに、「注視する」意のようです。

2017年6月22日木曜日

日夏耿之介「非力は褻瀆也」

   非力は褻瀆也

本然のもの 身自(みづから)のもの
万法(すべて)を白金の針金もて縛(いまし)めるよかし
霊性(たましひ)の秘奥(おくが)より そこに泉のごとく
湧きいづるなにものかあり
午後一時の小雨に小濡(さぬ)れて
青春(わか)き海人(あま)も白堤(はくてい)に漁(すな)どれりけり
舞ひ騰(のぼ)る煤煙の力は大海ふかく潜(い)り
海鷗(かもめ)は檣(メイン・マスト)の上に回春の賢き夢を見む
此世界に於て われ
大地に栄えわたる神のひかりと
その孕(はら)みたる暗緑の陰影とを相(み)る
また 工場の大鉄槌(だいてつつゐ)の轟音(とどろき)と
その姉妹なる自動艇(じどうてい)のエンジンとを聴く
なにゆゑに かく爾(なんぢ)は 泪ぐめる
若く かよわき 光なき庶人(やから)よ
烏乎(ああ) 非力は褻瀆也



「褻瀆」は、「せっとく」と読み、尊いものをけがすこと、また、けがれることを意味します。きょうは、この漢字が入った題の詩です。力のないことはけがれることである、とはどういうことなのでしょう。

「本然」の読みは「ほんぜん」あるいは「ほんねん」でしょうか。自然のままで人の手が加わっていないこと。もともとの姿であること。

「白堤」は、中国の浙江省の省都、杭州(ハンチョウ)にある、西湖=写真、wiki=の人工堤防。

東の断橋から錦帯橋を通って西の平湖秋月まで、長さ1キロにわたって西湖を東西に分断する形で造られました。

古くは「白沙堤」と呼ばれ、宋時代には「孤山路」とも呼ばれました。堤防の上には外側に桃、内側に柳が植えられ、春になると桃の花の薄紅色と柳の新緑とのコントラストが美しいことで有名です。

唐代の詩人、白居易が杭州の長官だったとき、西湖の開拓と大規模な水利工事を行ったことから、後世「白堤」と呼ばれるようになったそうです。

「檣」は、音読みは「ショウ」で、訓は「ほばしら」、すなわちマストです。

「鉄槌」は、大形のかなづち、ハンマー。「鉄槌を下す」などと、厳しい命令、制裁の喩えにも使われます。



「自動艇」は、モーターボートのことです。

2017年6月21日水曜日

日夏耿之介「喜悦は神に」

 きょうも、ずいぶんと難しい漢字がつぎつぎと出てくる詩です。

   喜悦は神に

頑迷(かたくな)なる人の子 われに
冀くは白金(はくきん)の手斧を賜(た)びたまへ
固牢(かた)く鎧へるすべての性を脱離(ぬけい)でて
われは遙(とほ)き原始(いにしへ)の故関(こくわん)に復帰(かへ)らなむ
ああ 日輪(ひ)かがやき 雑草(くさ)の葉さざめき
渚に波の美宴(うたげ)あれど
なにものの跫音(あのと)ぞ
逝けるわが寵児(めぐしご) 白薔薇の愁訴を齎(もたら)し来るは
かつて磔刑(たくけい)の嬰児(みどりご)のごとくも
われは響音(ひびき)ある泪もて雙瞳(ひとみ)を洒淅(あら)ひたりき
視よ 当来の仲夏の艶楽の幻像の契点(さなか)に
細微(ささや)かなる蠕蟲(はむし)のかくも産卵せるを
燃え昌(さか)る巨巌は蠢動(うごめ)きいで
蒼白(あをざ)めし金鳳花(きんぽうげ)の一房もどよめきたり
ああ 八方の地平をして力あらしめよ
日輪(ひ)は さだかに照りわたり
波もまた銀声を点(てん)ず

喜悦(よろこび)は神に



「冀く」(こひねがはく)は、頼み事や願い事をするときなどに使う、なにとぞ、お願いだから。

「故関」は、夷狄の侵入から都を防衛するために置かれたむかしの関所のことでしょうか。

日本では、646年の大化改新の詔に「斥候(うかみ)、防人とともに関塞(せきそこ)を置け」とあるのによって、伊勢(三重県)鈴鹿関、美濃(岐阜県)不破関、越前(福井県)愛発(あらち)関の三つの関所が設けられました。

平時には国司が警備をしますが、反乱、譲位、天皇・上皇・皇后の崩御、摂政・関白の死去に際しては、朝廷は固関使を派遣して固めさせました。

789年に廃止されてからは、愛発関が逢坂関にかわって三故関といわれたそうです。

「白薔薇の愁訴」つまりバラがつらさを嘆き訴え、「嬰児」つまり幼児は「磔刑」になるというのです。

「蠕蟲」(ぜんちゅう)は、ミミズ、ヒルなど、体が細長く、蠕動によって運動する動物の俗称です。

「金鳳花」というと卵型の愛らしい黄色い花が目に浮かびますが、それが「蒼」ざめている。凝りすぎの感すらある独特の漢字使用が、そうした雰囲気や色彩感を醸し出すのに大きな役割を担っているようにも思われます。

2017年6月20日火曜日

日夏耿之介「Jouissance」

 きょうの『転身の頌』の詩は「Jouissance」。このフランス語の題は、手元の仏和辞典によれば、楽しみ、享楽、性的な喜び、快感、享受、享有、所有などの意味だそうです。

   Jouissance

われ讃美す
たしかなる自(みずから)のもちものについて
われは 最初にもつとも不可思議なる青春也
われは わが神のいと可憐なる侍童也
われは 嵐吹くがやうに 神よ 爾をおもひ
万物(もの)なべて大海のごとくに抱擁(いだ)きしめむ
われは わが生のかぎりなき持久性に感ず

わが力は 把手(はしゆ)なき玻璃(はり)の手斧にして
わが智は 煖炉の上に舞踏する黄蠟製傀儡(わうらふせいくわいらい)也
わが肉身は 街頭に渦巻く漏電にして
わが業績は 暴風のあしたの砂丘のごとく也
物欲をしてそれ自彊(みづから)にてあらしめよ

われは 孤(ひと)りなり
われは 青春(わか)く
われは 繊弱(かよわ)し
然れども われは 所有す
所有は五月の曲江(きよくかう)のごとく照りかがやき
孟夏の日輪のごとく撫愛(いつく)しむ


「把手」は、手に握る部分、取っ手。「玻璃」は、水晶あるいは、ガラスの異称。

「黄蠟」は、蜜蜂から分泌され、蜜蜂の巣の主成分をなす蜜蝋=写真、wiki=のこと。巣を加熱圧搾して採取します。主成分はパルミチン酸ミリシルなどのエステルで、化粧品やつや出し剤などの原料となります。

「傀儡」 (かいらい)は、操り人形、くぐつ。

自分の力は、取っ手のないガラスの手斧で、その智は、暖炉の上に舞う蜜蝋で作られた操り人形だというのです。

「自彊」はふつう「じきょう」と読み、みずから努め励むこと。「ひたすら自彊して倦(う)むことを知らず」

「曲江」は、唐の首都・長安の東南にある大池で、玄宗皇帝以来その周りは大歓楽街になっていたそうです。

杜甫は、宰相人事の発言に関して粛宗帝の怒りを買い、758年に地方へ追いやられました。その直前に、曲江を題材とした2つの漢詩を作りました。その1つから、70歳を「古希」と呼ぶようになったとか。



「孟夏」は、夏の初め、初夏、または陰暦4月の異称。

2017年6月19日月曜日

日夏耿之介「かかるとき我生く」

きょうは、「宗教」の次に出てくる、5行だけの短い詩「かかるとき我生く」です。

   かかるとき我生く

大気(き) 澄(す)み 蒼穹(そら)晴れ 野禽(とり)は来啼(な)けり
青き馬 流れに憩(いこ)ひ彳(た)ち
繊弱(かぼそ)き草(くさ)のひと葉ひと葉 日光(ひざし)に喘(あへ)ぎ
『今(いま)』の時晷(とけい)はあらく吐息(といき)す
かかるとき我(われ) 生(い)く


「彳」は、字音は「テキ」「チャク」、訓読みは「たたずむ」。「小步なり。人の脛の三屬相ひ連なるに象るなり」(説文解字)、「行は十字路の姿を描いた象形文字。十字路の左半分だけを描いたのが彳印」(漢字源)などとあります。「ついと前に進み出る」「少しずつ歩く」「佇む」といった意味のようです。

「時晷」の「晷」は、「咎(とが)める」などで使う「咎(キュウ、コウ)」のうえに「日」を載せた漢字です。「時計」ではなく「時晷」なのです。

『学研漢和大字典』によると「晷」の読みは「キ」。意味はーー

①ひかげ 地上にうつった柱のかげ。転じて広く、日光によって生じるかげのこと。「日晷(ニッキ)」(日かげ、日時計)、「晷刻(キコク)」(時刻、とき)

②ひどけい 影の長さで時をはかるとけい。▽昔、八尺(または十尺)の柱を地上にたて、その影の最長の日を冬至、最短の日を夏至と定めた。

③はかる 時をはかるまた解字として、咎は、人がつまずいて進めないこと。さしつかえ、とがの意に用いる。晷は「日+咎(つかえる、くぎる)」の会意文字で、日のかげによって時をくぎること。



とありました。こうして見てくると、「時計」ではなく「時晷」でなくては、この詩はしっくりしないことがわかってきます。

2017年6月18日日曜日

日夏耿之介『転身の頌』から「宗教」

これから信州・飯田出身の詩人、日夏耿之介(1890-1971)の『転身の頌』の詩作品を読んでいきます。ですが、これまで読んだ「序」でもわかるように、耿之介の作品は、ざっと読むというだけでも一筋縄には行きません。

それは、私の教養が乏しいから、というだけでもなさそうです。耿之介を非常に高く評価してした清岡卓行ですら、『転身の頌』と同じ年に出版された萩原朔太郎の第一詩集『月に吠える』に「溺れているような状態であった」とき目にした『転身の頌』の詩について、次のように記しています。

「日夏耿之介の詩における、むずかしい漢字の使用、漢字の音訓がときどき特異であること、あるいは、文語で書かれているにしろ、文語的な口語で書かれているにしろ、言葉のリズムが多くの場合、最初の接触においては流麗ではないと感じられること、こうしたことなどにいくらか辟易したのであった」

それどころか私などには、耿之介の詩をワープロで打つというだけでも「辟易」させられるときがあります。ですが、苦労して漢字変換をしてみると、そこに言葉というものの幅広さ、奥深さが垣間見られたような、思わぬ発見にワクワク感を覚えることも少なくありません。

というわけで、いまの私に耿之介の詩をきちんと読み解く能力は、とてもありませんが、それを書き写して眺めてみるだけでも十分に楽しめる気がしています。

詳しい読みは別の機会にゆずり、これからしばらくの間、朔太郎の『月に吠える』と同じ年に出た、こちらもまた日本近代詩にとっての記念碑的な詩集『転身の頌』の全詩をざっと眺めてみることにします。きょうは、その冒頭の「宗教」です。


   宗教

孟春(はる) 朝(あさ)まだき
雨後(うご)のあした
ーー善良の「人の子」ら咸(みな)睡るーー
雑木林(ざふぼくりん)に擾(ささ)げる胸赤きROBINを矚(み)しか
心かなしみかぎりなく
大地に耳(みみ)ふせ
忌忌(ゆゆ)しき泪(なみだ)の脈拍(みゃくはく)を心に聴きて
泉のごとくに笑へる也
心ーーなんの歓喜(くわんき)ぞーー純白不二(じゅんぱくふじ)にして
杳かなる神に呼吸(いき)すれば
地は息忙(いきせは)しくわが瓦斯体を吸収(きふしふ)せむとす
かかるとき
水枝(みづえ)に来啼く野の禽(とり)のさけびを聴け
翼(つばさ)あるものは 歌(うた)うたへる也

心さびし
乱声(らんざう)の悲しき禽(とり)よ
おんみら亦ともに呼吸(いき)するや
烏乎(ああ) 地は萌えいづるもろもろの陰影(かげ)を察よ
春天(はる)は大地(たいち)とともに溶解(とけ)さりぬ

この呼吸を悟(し)る耶(か)

   ◇

詩の中の「ROBIN」は「Robin redbreast」の略で、胸の毛がだいだい色をしているコマドリ=写真、wiki=のことです。

2017年6月17日土曜日

日夏耿之介『転身の頌』序⑦

 きょうは『転身の頌』序の「十一」から、最後の「十三」までです。

十一

本集は七章に分れてゐるが、自分の心性を跡づけるものは、『古風な月』を第一とし『羞明』と、『黙禱』を経て『転身』に及ぶ。

『古風な月』は、内なるものが、未だ覚めなかつた稚醇時代の追憶の片身である。

外生の重積に圧せられて、歔欷と悲鳴と憤激とを継続しながら、尚最も静謐な万有の固有表情の芸術上内在美に憧れた一種偏失の情調であつた。

此の月光惝怳者は、単なる羅漫底格としては余りに古典的な――古雅、温籍、寂静、冷艶の様式美――歪んだ、曲つた、朧銀の燻つた光の心を所有してゐた。

古風な月の光は病弱な心身を照す。

稚き心は、今目覚めようとする孩子のやうに、明るみに眼をしぼしぼさせて、じつと心の海に波打つ声を聴いてゐる。

外生の襲撃にあへば、貝類のやうに忙しく蓋をしてしまふのであるが開かないでは止まない勢力に押し出されて、またおづおづと小心の瞳を瞠かむとする。

かすかに指し込む月夜の世界に躍り狂ふ己が心の化怪の姿に自づと魅惑せられて、次第に薄ら明るむ昧爽を苛立たしく誇らしく、心待ちに待つてゐた。

十二

『羞明』は来た。病弱の身と怯懦の心が欣求する楽欲の世界に吾れから闖入して絶望の自己狂歓が開かれた。

官能の理想主義者ガブリエエレ・ダヌンチヨに傾倒した十八歳より二十三歳に及ぶ数年間は、青春の血潮の変形である。

柔かい、脆い、そこはかとなくおぼろめく情趣から沸き上つた気軽な思想に狂ひわめいてゐたので、本性の肉体上脆弱に眼を閉ぢ、感覚の悦楽に只々心の触覚を指し向けてゐた。

されば、官能の対象に身を浴びても、快楽としてよりは寧ろ雙端の力の軋めきから生れる痛苦としてのみより多く残つた。

自ら肯定する歓楽の論理と実際とが余りに相抗の激しいものであるに愕き乍ら、他に執心の何ものをも獲得する術を自ら考慮しない為、苦笑して尚惰性的に焦燥の月日を過した。

享楽は自分にとつて多く概念的に終始した。

病が進み、血潮が衰へた時、わが父は狂者として爾後三年間、わが母と、兄弟との専念の看護により、生ける屍を照る日の下に横たへた。

自分の心の羞明は此の時赤道下を航下した。何者をも斥けた自分は殉情的に何者をも容れ、何者にも縋らんとした。

『黙禱』につづく、『転身』の時が来る。

『生涯には顔から火の出るやうな失敗の五六は誰にもあるもの』
 と世慣れたモンテイヌが著書に於て自分に教へた言葉にたより、狂熱の夢の間を過ぎ来つた自分はすべてを恥かしい懺悔に埋める。

十三

心緒の沈潜に伴れてスピノザが汎神論の万有観を予は凝視した。また、密林の水枝に神の顔を眺め、濁江の底に神の声をききかつ怕れた、稚き神観の経験者の凡て然るが如くに、予は朝祷し昼祷し、夜更けて尚黙禱静思した。

予の肉身は重き空気の中心から瓦斯体の如くに浮び出でた。触目するものは悉く皆回転しはじめた。遠方に叫ぶ野獣の姿を見た。青空の中に散布された星群を見た。

月光惝悦者は日輪の羞明を経て、カアライルが所謂久遠転身Perpetual Metamorphosesの星の瞬きを幻惑し、かつ祈り、かつ思ひ、読書とVisionとの閑寂な微笑の月日を躊躇せずに受け容れた。

策迷の触手は、なほ不断にあらゆる十方の物象を指さす。謬り肥え太つた擬文化の酸敗として今次の世界戦役が開かれた。此の文化。文化の断滅即ち人類の永遠――此の撞着せる命題に威嚇せらるる現代文化。

1917年2月22日誕辰 鎌倉 日夏耿之介


「十一」に出てくる「羅曼底格」。漱石の友人で『吾輩は猫である』に登場する美学者・迷亭のモデルとされる大塚保治の論文「ロマンチックを論じて我邦文芸の現況に及ぶ」(1902年)の別タイトルは、「羅曼底格論」となっています。

「孩子」(がいし)は、中国語で子供のこと。「昧爽」(まいそう)は、明け方のほの暗い時を指します。

「十二」の「ガブリエエレ・ダヌンチヨ」(Gabriele D'Annunzio、1863-1938)=写真、wiki=は、イタリアの詩人、作家、劇作家。ファシスト運動の先駆的な政治的活動を行ったことで知られています。日本では、三島由紀夫も、大きな影響を受けたようです。

「享楽は自分にとつて多く概念的に終始した」という一文は、耿之介をしる一つのヒントになるかもしれません。

「羞明」(しゅうめい)は英語でphotophobia。医学的には、強い光を受けたときに、不快感や眼の痛みなどを生じることで眼や神経の疾患が疑われます。鴎外の「青年」に「鈍い頭痛がしていて、目に羞明を感じる」とあります。

「モンテイヌ」は、16世紀ルネサンス期のフランスを代表するモラリスト、ミシェル・エケム・ド・モンテーニュ(Michel Eyquem de Montaigne、1533~1592)。「著書」というのは、主著の『エセー(Essais、随想録)』でしょうか。

「十三」の「スピノザ」(Baruch De Spinoza、1632-1677)は、オランダの哲学者、神学者。デカルトやライプニッツとならぶ合理主義哲学者として知られ、ドイツ観念論やフランス現代思想へも大きな影響を与えました。「汎神論」は、すべてのものや概念、法則が神の顕現であり神性を持つ、あるいは神そのものとみる思想、世界観のことです。



「カアライル」(Thomas Carlyle、 1795-1881)は、19世紀イギリスの歴史家・評論家。ヴィクトリア朝時代を代表する言論人であった。代表作に、『英雄崇拝論』、『フランス革命史』、『オリバー・クロムウェル』、『衣装哲学』など。神、預言者、詩人、帝王など「世界の歴史は英雄によって作られる」と主張したことで知られています。

2017年6月16日金曜日

日夏耿之介『転身の頌』序⑥

 きょうは『転身の頌』序の「八」から「十」です。



古代波斯白毛道衣派(スーフヰズム)哲人の一人が、たまたまの法悦に陥つた際、『われは神なり』と称えへ、天界の極秘を悉く其の徒弟等に伝へた。

事は数回反復された。一人の徒弟がある日の恍惚から覚めた師にこれを告げた。

哲人は面色を変へて愕き、且つ徒弟の情を謝し、さて『かかる事が将来再び繰り返されたならば、直ちにこれで己れを刺してくれ』と一振の短刀を手渡した。

翌日、師はまた法悦に入つて天界の秘を伝へ初めた。徒弟は矢庭に飛び掛かつて師の咽喉を刺した。

此の時、短刀は鉄板に当つたやうに撥ね返つて、徒弟の咽喉深く突き刺つた。

法悦は神の意志である。個体は選ばれた神子である。人力以上の処に超人力が在る。天才は神から下つたか。人から上つたか。



『まことの詩は、詩人でなくて詩人其のものである。』われらは詩の透明な光を、内なる世界より仮象世界へ、抽象より具象へ軈て紙上に捕獲せむとする慾望に捉はれる。このとき言葉が生れる。

言葉は仮りの媒介者であるが、内なる世界に交渉の度合深ければ深いだけ言葉を愛籠する情致が深くなる。言葉は、それに泥みすぎることのない程度で専念に磨かねばならぬ。

心性史の金鉱から掘り出された言葉の粗金(あらがね)は、磨くに従つて燦然の光を放つ、此の時自づから言葉は詩興の壺に嵌まる。言葉を絶対に駆使するには、彼等をその伝統の羈絆から切り放たねばならぬ。

言葉は心の庭で心が磨き出しやがて形の与へられるのであるが、其の歴史を一一に亡ぼして新しい個性を与へねばならぬ。性命の鮮血をそそがねばならぬ。



象形文字の精霊は、多く視覚を通じ大脳に伝達される。音調以外のあらゆるものは視覚に倚らねばならぬ。形態と音調との錯綜美が完全の使命である。

この『黄金均衡(ゴールドウン・アベレイジ)』を逸すると、単に断滅の噪音のみが余計に響かれる。

象形文字を使用する本邦現代の言語は、其の不完全な語法上制約に縛られて、複雑の思想と多様の韻律とを鳴りひびかするに先天的の不具である。

文語と日常語的文語との各区分もややこしい問題である。

多くの議論以上、われらは今の日常語を完成する使命を痛感してゐる。

内なる世界を顧みると、われらは詩作に際し、此の痛感以外に、以上三体の言葉を自由に種別に順応せしめて使用したい欲求を有つことを余儀なくされる。

此の詩集には主として文語使用の詩篇のみを集成したが、所詮、読者自ら、文語の固陋な因習の邪悪的半面から努力して蝉脱する時、簡勁の古文体詩篇も自ら全く鮮やかに新しい近代の性命を帯びて再生するであらう。

此の集の永遠性の一部を此の点に鉤掛ける。


「波斯」は、ペルシャ。「白毛道衣派(スーフヰズム)」すなわちスーフィズム(Sufism)は、イスラーム教の神秘主義哲学。担い手のスーフィーにイズムをつけて、こう呼ばれたそうです。

スーフィズムでは、導師の指導のもと禁欲的で厳しい修行をするそうです。白い布状の服を身につけて一心不乱にまわる回旋舞踊(ズィクル)とうものをして、神との一体化を求めるということです=写真、wiki。

「九」では、「まことの詩は、詩人でなくて詩人其のものである」などと、言葉と詩についての耿之介の考え方が明確に示されています。

「羈絆」(きはん)は、「羈」も「絆」も牛馬をつなぎとめるものの意であるところから、行動する者の妨げになるものや事柄。きずな。ほだし。束縛。寺田寅彦の「藤棚の陰」に「この世の羈絆と濁穢(じょくえ)を脱ぎ捨てる」とあります。

「十」の「断滅」は、字の通り、絶やし滅ぼすこと。「噪音」は、 振動が不規則で、振動時間がきわめて短く、音の高さが特定できない音。あるいは、騒音のことをいいます。



「三体の言葉」とは、「文語」「日常語的文語」「日常語」ということでしょうか。「簡勁」は、言葉・文章などが、簡潔で力強いことをいいます。

2017年6月15日木曜日

日夏耿之介『転身の頌』序⑤

きょうは『転身の頌』序の「六」と「七」です。



かかる傾向は、天才をも且つ賤民の酒料のために不当の労役に服させ、彼岸の友をも覗ふ火器をも負はしめる。

謬り進められた文化、不消化の教養、悪の一旦の勝利は世界戦争の第一の口火を点じた。此の戦役は悪疾の年重つた末に迸り出た膿血である。

若しかかる戦ひが、ある善良な結果を導くとしたら、それは少くとも前世紀から今代に及ぶ文化の根本精神の触手が恒に不断に悪傾向に向つてのみ増進させられて来たと云ふ恐ろしい事実の自覚を強ひる迄にある。

近代民主々義の実生活上の理想は、正しい民、謙虚ある民、神を跪拝することを知る民による民主ではない。

既に、覚醒は彼らの大脳を刺衝して居る。彼等は根底より改更しなければならぬ。

正しき文化の様式は、まことの人間の生活型式は、何時の時代にも恒に天才の脳裡にのみあつて覚認(リヤラヰズ)される。

民人は天才の前に昔の神に対するのと等しき謙仰にて礼拝しなければならぬ。

そして天才の幻覚の裡から万能の審士の正しき箛を吹奏させなければならぬ。かく励むは民人の与へられたる責務である故に。



霊感の神馬(ペガサス)に鞭打つて天界に徜徉する詩家と、思念の綱を手繰つて実在の聖体盒に参ずる哲人と(優れた宗門の偉材は、両個を兼ねたるもあれば、其の一により法悦の秘観に入るもある)は、偏寵の神子である故に、神の意志による人間霊性の最大級の奔躍が彼らによつて試される。

この使命は自然の自発的意欲である。この出産は混沌に於ける炎の出現である。かれらの足跡は一一に神の業績である。

経験の種々相と眼前に展開された現象界の華麗に眩惑されて、人間は神の物の中心の心根を読む術を識らぬ。

各時代於て凡そ衆愚は霊性頽廃の断崖に彳み、思慮するところなく神の御国のための正義に罵詈の癡言を吐く真理の仇敵である。

天才を神の御国に働かしめるのは神の意志である。天才を人界で働かしめるのは民人の責務である。

天才は神と人との溝渠に横たはる桟橋である。今代民主々義の理想は、この桟橋に向つて火を放たむとする。

黒金の如く堅固に孔雀の如く壮麗な真理は恒に孤寂と崇貴との間にのみ産れる。


この詩集は、人類史上最初の「世界戦争」である第1次世界大戦(1914-1918)の最中に出版されました。第2次世界大戦が勃発する以前はまさに「World War」と呼ばれていました。

後に「大正デモクラシイ詩壇」からの批判にさらされる天才主義的、高踏派的な考え方が端的に述べられています。

「神馬(ペガサス)」=写真、wiki=は、ギリシア神話に登場する伝説の生物で、鳥の翼を持ち、空を飛ぶことができる馬。「霊感」の象徴とも、されています。

「盒」(ごう)は、飯盒などとして使われますが、中国語では小箱、ケースといった意味があるようです。上田敏の「海潮音」に「日や落入りて溺るゝは、凝るゆふべの血潮雲、 君が名残のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒」などとあります。

「罵詈」(ばり)は、罵詈雑言といわれるように、口汚くののしること。「癡言」(ちげん)は、いいかげんな言葉、たわごと。

2017年6月14日水曜日

日夏耿之介『転身の頌』序④

 きょうは『転身の頌』序の「四」と「五」です。



特に、科学の破産を経験し既成宗教の更改と其の新しき見方説き方に腐心する現代にあつて一部の注心を索いてゐる媒霊者らの提示した心象の諸問題は、上代煉金道人らの残して去つた不思議な心緒の自由な飛躍とともに、ブレイクの幻覚した小動物の精霊に関する描写や、イエイツがたまたまなる生霊徜徉の記録などに完き芸術上表現を得てゐるが、すべて表現に依る離脱、芸術に依る霊覚を経験した選ばれし人々のフレクシブルな心霊は、かうして、詩家稟賦の詩技の黄金の鍵により、久遠の国の関の扉をただ貧しい心持で一杯に押し開く。



詩技の事は稟性神賜であつて、後天の精進は、末梢を矯め直し、詩家純真の気稟をば、邪路に迷はぬやう、延延と快活に育むのに過ぎぬ。

専念の努力が遂に熟達の境に臻つた例は、画事に多く見るが、多くそれは、ある後天の生理、人為、偶発の障礙に匿され、長く仮睡してゐた本然の徳質がたまたまの精進により瞭確に闡明せられたに過ぎぬ。

この民主の時代に於て、心性鈍(うとま)しく真純の気稟に乏しい迷蒙不遜な民人が、軽佻な野望に駆られ劣材を頼んで芸術の神壇を蹂躙し汚損して憚らぬのは允し難い瀆神の一種である。

民に知らしむべからずとした本邦中世期の芸術的理想を今尚踏襲するものと迷断してはならぬ。

芸術は人間最高の心的活動の一である。

純劣不遜の民人が頓悟して此の祕壇を垣間見んとならば、若き沙門の修道の如き心にて其の知見の誇りを捨て芸術の理想の大旛の前に跪拝せよ。

秘壇の回転扉は十方の心貧しい巡礼をこばまない。

今の民主的理想を狂信する事深き輩は、神聖壇を象牙の塔よりささげ出でて巷の十字街に置く。これは許さるべき進展である。

然し、不遜と選賤劣との外に何物もない民人の凡ての安閑たる懶惰に便するために、彼等は全く芸術本然の不可思議性を閑却して何等かの型式に於て第二義芸術の制作に自足してゐる。

民人を愛撫せずして、民人の概念を愛撫する事に耽湎してゐる。

かくして民人は弥が上にも不遜と賤劣に堕してゆく。従つてそれらの理想は、誠に民人のためではなくて、『彼等の民人の概念』のために、芸術を劣等化して了ふ。

現代の民人は幸福にも、不真面目に腹這ひしてゐながら、懇切に口辺まで当てがつてくれる芸術家の芸術的食料品を不消化のまま呑み下す。

然し、遂に、最も善良な芸術は、必ずしも衆俗凡ての味解を待つことはできぬ。

足を投げ出した民人らに尊き芸術品の凡てを易く嗜むことは許されぬ。民主的時代の衆民は、心より芸苑に至るの道を知らぬ阻はれた思想上の賤民である。


「ブレイク」=写真、wiki=は、イギリスの詩人、画家のWilliam Blake(1757-1827)。銅版画職人。『ミルトン』の序詞「And did those feet in ancient time」に音楽が付けられたものが、事実上のイングランド国歌として知られています。

「幻視者」(Visionary)の異名を持ち、唯理神ユリゼンやロスなどの神話的登場人物が現れる『四人のゾアたち』など預言書と呼ばれる作品群で、独自の象徴的神話体系を構築しました。

「イエイツ」は、アイルランドの詩人、劇作家のWilliam Butler Yeats(1865-1939)。ロマン主義、神秘主義、モダニズムを吸収、イギリスの神秘主義秘密結社「黄金の夜明け団」のメンバーでもありました。

「徜徉」(しょうよう)は、気ままに歩き回ること、逍遥。「稟賦」(ひんぷ)は、生まれつきの性質、稟性、稟質。

「五」では「詩技の事は稟性神賜」つまり、詩をつくるとは、生まれつきの、天賦の性質、稟質で、神からの賜りものだ、といいます。

「頓悟」とは、長期の修行を経ないで、一足とびに悟りを開くこと。「旛」は、仏や菩薩などを荘厳、供養し、その威徳を標示する旗のことをいいます。

「第二義」は、根本的でないこと、さして重要でないこと。桑原武夫の「第二芸術 ―現代俳句について―」が出て、第二芸術論争がはじまったのは、この詩集が出て約30年後のことです。

『転身の頌序』が出版された1917(大正6)年には、ロシア革命が勃発しました。2年後の1919年(大正8)年には、耿之介の母校、早稲田大学で「民人(みんじん)同盟会」が発足。高津正道、浅沼稲次郎、稲村隆一らが参加して「デモクラシーの普及徹底によって新時代の埠頭に立つ」と歌い上げていました。

2017年6月13日火曜日

日夏耿之介『転身の頌』序③

 きょうは、『転身の頌』序の「三」です。



美の狂歓に倚るジヨン・キイツの離脱は、純主観の古希臘主義を圧縮して
「美は真なれ 真こそ美なれ」
の高き道を踏んだとき、オリュムポスの山上に幻感した異教諸神の巨手によつて緑明の中空に描き出された物心一如のCockaigneである。

ロゼッティが詩集『性命の家』に於ける麗人の美貌に力服されるのは、かの覚認せられた肉塊の秘奥に安坐する神意の不可思議性を織巧に感悟し得たからである。

これら陶酔者の三昧境は、リュカデイヤ巌頭の古代女詩人が、『うるはしきヘラスの全図よりも、少人よ、おん身を』と叫んだ至情、ウーマル・カイヨムの悲劇、サーディの想念とともに悉くわれらの心浄く磨き出され欣求の力強い修道の果として高きより恵まれたる地上楽園だからである。

繊く青白い病詩人の生命の小函にも、信と愛と望とにかがやいた天人の黒瞳は宿る。かかるとき、身肉は征服せられ、裸身にして清き心意は霊内融会の一視点に凝縮せられる。

又、かかる場合と反して、エミリ・ブロンテが女性らしき、青く澄み切つた晩祈に倚る忘我や、ジェエフリーズ、ウヮズウォース達が、自然界の核心深く食ひ込む凝視の黒く冴えわたつた心眼にも、同じく、物の象を掴むで、象の奥に眼をひたと瞑ぢて横臥する心の完き生命を掘り出す性命力が確存し、美に倚る解説者が美を愕くべき透視力で眺めて美の奥の力に想到する様に、彼等は物象を祈念の涙で力服して、霧霽れて緑の山々が姿を現ずるやうに、物の象は淡雪のごとくに溶けさり、すべて万有の精神は悠久の力を帯び神霊となつて顕現する。

かくどのやうに違つた様式による芸術も、変つた流派も、表現人の性命自らが偉大なれば偉大であるだけ深刻に精緻に瞭確に宇宙実在の基本精神を発見し、新しき創造の歓喜を一身に浴びて神人合致の福祉に参しうる。


「ジヨン・キイツ(John Keats、1795-1821)は「ギリシャの古壺のオード」(Ode on a Grecian Urn)、「秋に寄せて」(To Autumn)などで知られる英国ロマン主義の詩人。結核を患い25歳の若さで亡くなっています。ローマの新教徒墓地に葬られ、墓石には「その名を水に書かれし者ここに眠る("Here lies one whose name was writ in water")」と彫られているそうです。

「ロゼッティ」は、19世紀英国の画家・詩人ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ Dante Gabriel Rossetti(1828-1882)=写真、wiki=のことでしょう。詩集『生命の家』(“The House of Life”1871)は、彼が手がけていたステンドグラス製作の共同制作者ウィリアム・モリスの妻ジェーンとの愛を綴った101篇のソネットからなり、ペトラルカンソネットと呼ばれるイタリアの古典詩の様式を模し、abba+acca+dde+ffeという脚韻を踏んでいます。

「Cockaigne」は、コケーニュ。贅沢と怠惰の想像上の土地、逸楽の国。中世ヨーロッパのユートピアの一つ、とされました。

「霊肉融会」は、とけて一つに集まること。 子規の「獺祭書屋俳話」に「神理天工、一心一手の間に融会して」



『嵐が丘』の「エミリ・ブロンテ」(Emily Jane Brontë、1818-1848)は、「No Coward Soul is Mine(私の魂は怯懦ではない)」など抒情詩人としても知られています。

2017年6月12日月曜日

日夏耿之介『転身の頌』序②

 きょうは、『転身の頌』序の「二」です。



貧しきわれにも、夜更けてしばしば病苦に眼覚め、一二時間の枯坐観想を強ひられるとき特に、あるひは白日の閑寂な密林、光り眩ゆい海辺の散策の折りなどにも、また偉人の残し与へた古名品に臨む時などにも、言ひ表はし得ない快活なたましひが、渾身の血潮を悦ばしい力に充ち満ちた、しかし淑やかな奔躍に駆り、肉身はかすかに顫へて、ものとしもないときめきに胸わななく一瞬時がある。

この時夜ならば枕頭にいつも置いてある白紙に焦慮することなく、この自らをとどめんと努める。

この大喜悦は、宗門の徒によって法悦と称ばれ、芸術の表現人によつて霊感と仮りに名づけられてゐる。

表現者の稟性の種別に応じて、霊感はさまざまの時と処とに鬼人のごとく出没する。

あるものは酒精又は印度大麻の蟲惑の媒力を要し、あるものは腐れかかつた林檎の香をかぎ、またあるものは聖経を踊して、眼前に形態を備へて出現する幻覚を夢心地に禦ぎながら、夢幻の間に表現の努力を了へる。

霊感は、又、表現人によつて著しく虐遇され、殆ど其の可能性を認められない事すらもあるけれど、多く之れは、彼れの心向の特殊性に基くのであつて、かかる人の場合でも、霊感は自由に遠慮なく潜行して謙虚な行ひを果してゐる。

単に一庶物の並列があらうと、積極の緊張した心の一聯鎖があらうと、外貌に現れたものには、固より何のかかはりもない。

所詮、偉いなる力は、時を竊んで人間の胸深く忍び入り、腕をつたはつて指頭のペンに顕れ出て、軈て文字となり言葉をなして分娩が完了する。

優れた詩人は、ひたすらに謙抑篤実な実在本体への媒霊者(メデイアム)である故に跪拝せられる。

詩人の精進は、いつもその心の大洋に浪打つ生の律動の生命を直視する各努力であり、又、唯一大霊への黙禱、本体への思念である。

その純真にして敢為なるべき『我』の生活が、たまたま狐疑の索迷に陥没してゐるとき、時あつて多くの擬霊に欺かれ、また、自己自らのために誑かされる。

詩人のたましひは玻璃の傀儡である。黄蠟の人形である。かれらは、地熱や日輪の光のために溶ける。自らの火のためにも身を亡ぼす。

最も繊美に神経的に反響を持続する機具は、常に最も高貴に造られねばならぬ。

宇宙に遍満した光あるたましひは、表現人の心緒に錯交し、心の硝子管をつたはつて、あらゆる人の感覚を通じ其の心霊らの面前にまで展開される。

芸術史上多くの、Beatific Visionは、この奇蹟の春の朝の鳥声である。


耿之介は、1906(明治39)年、16歳の春、脳神経病を患って京北中学校を中退するなど、若いときから「病苦」とともにありました。

「枯坐観想」とは、ものさびしくつくねんと座って、思いを凝らすことをいいます。

「法悦」とは、仏教の教えを聞き、味わって喜ぶこと。あるいは、なんらかの状態において生じる恍惚感のこと。

「竊」は「窃」。ぬすむ、ひそかに。他人の物をこっそりぬすみ取ること。

「狐疑」は、狐(きつね)は疑い深い性質をもつというところから、相手のことを疑う意。「誑」の読みは、たぶら(かす)です。



「beatific vision」は、見神。キリスト教で、霊感によって神の本体を感じ悟ること。神霊の働きを感知することの意です。

2017年6月11日日曜日

日夏耿之介『転身の頌』序①

きょうからしばらくの間、長野県南部、飯田市が生んだ詩人、日夏耿之介(1890-1971)=写真、wiki=の最初の詩集『転身の頌』を、おおまかに眺めておくことにします。

飯田市にある日夏耿之介記念館による解説には、耿之介について次のように紹介されています。

〈詩人、文学者、翻訳家として多彩な文芸活動を展開した日夏耿之介。日夏は、明治23年(1890)に、城下町の風情薫る下伊那郡飯田町で生まれました。独特の美意識に貫かれた詩風は識者の間で高い評価を受け、自ら「ゴスィック・ローマン詩体」と称します。早稲田大学、青山学院大学教授を歴任後、郷里飯田で晩年を過ごしました。〉

『転身の頌』は、早稲田大学文学部英文科を卒業した3年後の1917(大正6)年、耿之介が27歳のとき、家蔵版として刊行されています。なんとも、漢字の読みを追っていくだけでも四苦八苦してしまう難解な詩が並んでいます。

この詩集には、その時点における彼の詩論と目される長い「序」(一~十三)が付いています。とりあえず「序」から読み始めていきます。きょうは『転身の頌』序(一)です。


『転身の頌』序



凡そ、詩篇は、所縁の人に対して、実在が、そのまことの呼吸の一くさりを吹き込めたものの、或る機会の完き表現でなければならぬ。

それは、選ばれたものにも儘ならぬ、選ばれぬものへの宿命的示唆である。

媒霊者のない自動記書(オートラテイング)である。また言へば、天来の『智慧』である。詩家は霊感の浮橋に依つてのみ、しばしば、神の御国に歓遊する。

虫類の細微体から宇宙諸相の大いに臻(いた)る悉皆触目の存在当体は固より、かりそめにも人間の心緒に渦巻くあらゆる情感の揺曳は、詩人の対境として、遙かの国の内陣秘龕から賦与せられた『窄き門』である。

この不可思議の扉口を過ぎて、汪々と絶対の神の伊吹きが貫き流れる。現象界と、現象界から放散する薫香との二個から切り放たれたまことの神慮がはつきりとのぞみ観られる。

されば、霊感の受難週は、小やかな詩人の個体をも、易く神人融会の『賢人石』のなか深くに押し匿す。

かかる聖なる異香の流動は選ばれたものの全てを捉へて、入神(トランス)の中有境に投げ込む偉いなる虚空の手である。

    ◇

霊媒者などと呼ばれる人たちは、「死者の霊が下りてきた」などと無意識的にペンを動かしたり語りかけたりします。

日本では「神がかり」「お筆先」とも呼ばれていました。そうした「媒霊者」を介さない「自動記書(オートラテイング)」だと言っています。

当然、アンドレ・ブルトン(1896-1966)らシュルレアリスム(超現実主義)の詩人たちが試みた詩作の実験「オートマティスム(自動記述)」が念頭に置かれているのでしょう。



「龕(がん)」は、石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けられたくぼみ、あるいは、仏壇や厨子のことです。「入神(トランス)」とは、技能が上達して、人間わざと思えないようなな優れた域に達することをいいます。

2017年6月10日土曜日

吉野弘「I was born」⑬

「I was born」について八木忠栄は「吉野弘の詩の最高傑作としてよく知られている作品だが、さらに言えば、現代詩が生んだ最高傑作の一つと言っていい」と高く評価しています。

これまでも見てきたように「I was born」は、1952(昭和27)年、吉野弘が詩作をはじめた26歳のときに作った投稿第2作目です。

その出発点で、完成された最高傑作をもつということは、その芸術家の人生にとってどういう意味をなすのでしょう。若くしてオリンピックの金メダリストになるようなものなのでしょうか。

もちろん「I was born」で注目を集め、高い評価を受けたことが、その後の吉野の創作への意欲をかき立て、詩人としての地位を確固たるものにしていったのでしょう。

と同時に、それ以上の作品を書かなければ、というプレッシャーのようなものも、生涯どこかにつきまとっていたのかもしれません。

ともかく、この「最高傑作」が吉野の文筆家活動の出発点となりました。そして、アルチュール・ランボーのように若くして筆を折ることも、小説家や評論家に転身することもなく吉野は2014年1月15日に87歳で亡くなるまで60年以上にわたって、詩を書き続けました。

「僕は詩は認識だと思うんだ。詩に限らず、芸術は、事物を人間の意識の中にもたらすための一種の言語だと思うわけだ。感動というのは、謂わばそれの端緒だ。感動の未発達の曇った状態から確実と明晰との段階に高めるための作業が即ち認識だ」(「詩とプロパガンダ」)。

けばけばしい過度な表現を厭い、温かい眼差しと分かりやすい言葉で「生」をさぐり、人間の営みを淡々と描きだす「認識」の詩。吉野の詩をすべて読んだわけではありませんが、そうした詩への姿勢には、生涯、一貫したものがあったように思えます。

     I was born

 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から目を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝(けげん)そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつの痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。


「I was born」について、清岡卓行は次のように評しています。

〈生まれることが受身であるだけではないこと、いやむしろ能動であることを示す《卵》のイメージの感動は、十分に伝わるだろう。

そして、主人公の中学生の内部に可能性として感じられる、生まれないことの幸福を思う死への傾斜が、原理的には《卵》に象徴される盲目的な生の欲望と合致することが、今さらのように新鮮に気づかれるだろう。

内部矛盾の瞬間的な解消。ぼくは、この散文詩を読んだときの感動を今も忘れないが、それは、詩における生へのリズムと死へのリズムの根源的な照応にかんするぼくなりの思考に、強力な一つの支柱をあたえてくれるものであった。

このような意味において感謝する他人の詩作品は、ぼくにとって「I was born」のほかにはない。〉

2017年6月9日金曜日

吉野弘「I was born」⑫

    夕焼け

  いつものことだが
  電車は満員だった。
  そして
  いつものことだが
  若者と娘が腰をおろし
  としよりが立っていた。
  うつむいていた娘が立って
  としよりに席をゆずった。
  そそくさととしよりが坐った。
  礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
  娘は坐った。
  別のとしよりが娘の前に
  横あいから押されてきた。
  娘はうつむいた。
  しかし
  又立って
  席を
  そのとしよりにゆずった。
  としよりは次の駅で礼を言って降りた。
  娘は坐った。
  二度あることは と言う通り
  別のとしよりが娘の前に
  押し出された。
  可哀想に。
  娘はうつむいて
  そして今度は席を立たなかった。
  次の駅も
  次の駅も
  下唇をギュッと噛んで
  身体をこわばらせて――。
  僕は電車を降りた。
  固くなってうつむいて
  娘はどこまで行ったろう。
  やさしい心の持主は
  いつでもどこでも
  われにもあらず受難者となる。
  何故って
  やさしい心の持主は
  他人のつらさを自分のつらさのように
  感じるから。
  やさしい心に責められながら
  娘はどこまでゆけるだろう。
  下唇を噛んで
  つらい気持ちで
  美しい夕焼けも見ないで。


1959(昭和34)年に出された第2詩集『幻・方法』に入っている有名な詩です。「I was born」と同じように、「夕焼け」も、「生」の問題を扱っています。

「I was born」が普遍的な「生命」に焦点をあてているのに対して、「夕焼け」が対象にしているのは「人生」ということになるでしょう。

〈――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。〉

「生まれてから二、三日で死ぬ」蜉蝣の生と単純に比べれば、人生は長い。でも、受身(I was born)で生まれてくるように、生まれてからも、法律や慣習、社会的なルールや倫理、他人の目や世間体などさまざまな受身的な要素にしばられながら暮らしています。

そうしたさまざまな受身的要素にさらされながらも、私たちは自分なりの生き方や幸せを探して暮らしているのです。そうしたルールや倫理にムシャクシャして反発してけんかしたり、逃げてはまた戻ったりしながら。中には、犯罪をおかしたり、自死の道を選んでしまうケースもあります。

  固くなってうつむいて
  娘はどこまで行ったろう。
  やさしい心の持主は
  いつでもどこでも
  われにもあらず受難者となる。

「夕焼け」の娘のように、「やさしい心の持主」であればあるほど、善良であろうとすればするほど、心の中にある倫理観や他人の目などさまざまなものに責められ、押しつぶされるような重圧にさらされます。そして、「われにもあらず受難者」となってしまうのです。

こうした人生の矛盾はどこからくるのでしょう。「生」とは、もともとそうした矛盾をはらんでいるものなのでしょうか。それとも人間という生物、人間がいま作り出している社会というものが不自然で、いびつな所以なのでしょうか。吉野の詩を読んでいるとしばしば、そんなところに考えが及びます。

とはいえ、詩「夕焼け」の最後は「美しい夕焼け」という自然へとひらかれていくし、「I am born」では、カゲロウの腹の中にぎっしり充満した卵の「光の粒々」が、輝きを放っています。読者である私はそれらに、ホッと救われる思いをいだきます。

ときに「責められ」、ときに「せつなげ」であっても、「生」は美しいのです。

2017年6月8日木曜日

吉野弘「I was born」⑪

〈  父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。〉

「生まれてから二、三日で死ぬ」という宿命にあるカゲロウ。数千個の卵を産み落としても、孵化するのにふつう10日以上かかるそうですから、カゲロウの親は幼虫を見ることなく生命を終えることになります。「I was born」に出てくる「お母さん」も、わが子の顔を見ることなく死んでいます。

「I was born」は、雑誌『詩学』の1952(昭和27)年11月号に発表されました。このとき吉野弘は26歳。詩を発表した直後に吉野は結婚し、2人の娘の父となりました。


カゲロウや「お母さん」と違って、生まれた娘たちと出あう感動を味わうことができたのです。『遊動視点』=写真=の「紐」というエッセーには、次のように記されています。

〈長女は産婦人科の病院で生まれたが、次女は自宅で、しかも産婆さんの手で生まれたので、そのとき、臍の緒なるものを、この目でしかと見ることができたのである。

襖で仕切った向うの部屋で、産婆さんの威勢の良い声がした。「お嬢さんですよ」産婆さんは私と妻に言った。産婆さんの両掌の上に赤ん坊が俯伏せになっていた。

少し紫がかった肌で、白粉のようなものが、所々に付着していた。そして赤ん坊の腹からは、太い半透明の臍の緒が、電話のコードのように実に頼母しくゆれていた。

まぶしい程の臍の緒の中心を走っている赤いものは血液だと、産婆さんに教えられ、私は、言うべき言葉を思いつかなかった。

なんという力強い紐だったろう、なんという美しい生命の紐だったろう。私は目のさめるようなすばらしい紐を、そのとき見たのであった。〉

父親として、生命をつなぐ「目のさめるようなすばらしい紐」を目にしました。しかしが、「生を得る」ということは、同時に「死をわけあたえられる」ことでもありました。「I was born」の収められた第1詩集『消息』に、「初めての児に」という題の次のような詩があります。

  お前がうまれて間もない日。

  禿鷹のように
  そのひとたちはやってきて
  黒い皮鞄のふたを
  あけたりしめたりした。

  生命保険の勧誘員だった。

   (ずいぶん お耳が早い)
  私が驚いてみせると
  そのひとたちは笑って答えた。
   〈匂いが届きますから〉

  顔の貌(かたち)さえさだまらぬ
  やわらかなお前の身体の
  どこに
  私は小さな死を
  わけあたえたのだろう。

  もう
  かんばしい匂いを
  ただよはせていた というではないか。

わが子が生まれるやいなや、「匂い」を嗅ぎつけてやってきた生命保険の勧誘員。それに対して、詩人は「顔の貌さえさだまらぬ/やわらかなお前の身体の/どこに/私は小さな死を/わけあたえたのだろう」と思います。

前にあげた『遊動視点』のエッセーの中で吉野は、臍の緒のほかに、もう一つの「紐」を取り上げています。

〈「紐」という言葉を聞いたときに思い浮かぶ、もう一つのイメージがある。たとえば百科事典などで、ある人について調べる場合、必ず目につくことであるが、その人の生まれた年――それは殆ど西暦で書かれているが――その生まれた年と死んだ年とが、短い線で結ばれていることである。

すでに亡くなっている人の場合だと、あまり、この線の印象は強くないのであるが、現在まだ生きている人の場合、生まれた年にくっついているこの線は、なぜか不気味である。この線はこう言っているわけである「この人物はまだ生きている、つまり、まだ死んでいない」。



この世に生を享けている人は例外なしに、自分の生まれた年の下に、この、あまり縁起でもない紐、見えない紐をぶら下げているのである。このことは、ちょっと気どって言えば、生命はすべて、死の紐つきだということになるだろうか。〉

2017年6月7日水曜日

吉野弘「I was born」⑩

    仕事

  定年で会社をやめたひとが
  ――ちょっと遊びに
  といって僕の職場に顔を出した。
  ――退屈でしてねえ
  ――いいご身分じゃないか
  ――それが、一人きりだと落ちつかないんですよ
  元同僚の傍の倚子に坐ったその頬はこけ
  頭に白いものがふえている。

  そのひとが慰さめられて帰ったあと
  友人の一人がいう。
  ――驚いたな、仕事をしないと
    ああも老(ふ)けこむかね
  向い側の同僚が断言する。
  ――人間は矢張り、働くように出来ているのさ
  聞いていた僕の中の
  一人は肯き他の一人は拒む。

  そのひとが、別の日
  にこにこしてあらわれた。
  ――仕事が見つかりましたよ
    小さな町工場ですがね

  これが現代の幸福というものかもしれないが
  なぜかしら僕は
  ひところの彼のげっそりやせた顔がなつかしく
  いまだに僕の心の壁に掛けている。

  仕事にありついて若返った彼
  あれは、何かを失ったあとの彼のような気がして。
  ほんとうの彼ではないような気がして。


詩「仕事」は、吉野弘の第3詩集『10ワットの太陽』に収められています。

〈 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝(けげん)そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。〉

受け身である「I was born 」、「生まれさせられ」た、存在させられた人間。こうして与えられた「生」というのは、一生、「受身形」でありつづけるのでしょうか。

私たちは、自らの意志で自らの生き方を決め、自らの好きな人を愛し、自らやりたい仕事をします。当然、すべてがそんなにうまくはいくはずはないのだけれど、ふつうはそうしたいと思っています。

でも「受身形」で生を受けた人間は、誕生してから後も本来的には、そんなに意志的、主体的になり得るものではないのかもしれません。詩「I was born 」を読んで私は、ふと、そう感じました。

たとえ食べるため、家族を養うためにつづけてきた仕事であっても、いざ、そこから離れ、やることがなくなると、詩「仕事」にあるように、落ち着かず、老けこんでしまうというようなことはよく聞きます。

本当に生き甲斐を感じ、自ら切り開き、自己実現をしている思う仕事や職業についたとしても、ひとはそれを「天命」と、「天職」と呼びます。天から授けられた、どこか受身的なとらえかたをするわけです。

けれど、詩人は、

  ――人間は矢張り、働くように出来ているのさ
  聞いていた僕の中の
  一人は肯き他の一人は拒む。

そして、

  仕事にありついて若返った彼
  あれは、何かを失ったあとの彼のような気がして。
  ほんとうの彼ではないような気がして。

と思います。そんなふうに、私も感じます。

たとえ一人っきりで惨めな最期を迎えても、いい歳になっても、天や“遺伝子”にさからってでも、「受身形」ではない自分なりの人生を生きてみたいと思っています。

2017年6月6日火曜日

吉野弘「I was born」⑨

「I was born」を読むと、私はいつも『利己的な遺伝子』のことが頭に浮かびます。

「我々は遺伝子という名の利己的な存在を生き残らせるべく、盲目的にプログラムされたロボットなのだ」という有名な書き出しで知られるイギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンス=写真、wiki=の著書だ。

ドーキンスは「自然選択の実質的な単位が遺伝子である」とする、遺伝子を中心とした進化理論を提唱したことで知られている。


『The selfish gene』という題名で1976年に出版。1991年に邦訳が出て、国内でも大きな話題を呼びました。

われわれ生物は「遺伝子によって利用される“乗り物”に過ぎない」という比喩表現は、私にとっても「こんな考え方もできるんだ」と驚きでした。

「なぜ男は浮気をするのか」「なぜ世の中から争いがなくならないのか」といった問題についても、自らのコピーを増やそうとする遺伝子の利己的なふるまいから、ドーキンスは解き明かしてみせました。

ところで、はかないものの代名詞のようにいわれるカゲロウだが、以前もみたように、石炭紀後期にすでに地上にいたことがわかっている。およそ3億年ものあいだ「生」をつなぎ、遺伝子を生き残らせてきたのです。

それに比べるとわれわれ人類の歴史は、まだ無いに等しい短期間ですが、とりあえずなんとか500万年くらいは生命のバトンを繋いでいます。これも、利己的な遺伝子のなせるワザということでしょうか。

〈 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝(けげん)そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。〉

ドーキンス流に考えれば、利己的な遺伝子の“乗り物”として「人間は生まれさせられるんだ」ということになるのだろう。そして、

〈――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――〉

カゲロウが「何の為に世の中へ出てくるのか」かといえば、「遺伝子という名の利己的な存在を生き残らせる」ため、ということになります。そのために、

〈口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。〉

というように卵をつくり、2~3日の短い生涯を懸命に生きます。

『利己的な遺伝子』を翻訳した日高敏隆は、次のように記しています(「i feel」出版部50周年記念号)。

〈(ドーキンスのいうような)プログラムを作りあげているのは遺伝子の集団であって、どれか特定の遺伝子ではない。そしてプログラムがどのようにしてできるのかは、「ヒト・ゲノム」がわかったからといってすぐにわかるようなものではない。

このプログラムは人をロボットのように操っているのではない。遺伝的プログラムは厳然として存在しているが、それを具体化していくのは、個体であり個人なのである。

ドーキンスの『利己的な遺伝子』の邦訳が出版されたとき、それを手にした多くの人々は何か癪にさわるものを感じたらしい。しかし癪にさわると思いつつもついつい読んでしまったと言っていた。このあたりにこの本のもつ興味ぶかい意味があるような気がする。〉

われわれの生命というものが「遺伝子の“乗り物”」に過ぎないものであるかどうかはともかく、ある意味で「淋しい」「せつなげ」な構造をしていることはたしかでしょう。

「I was born」で少年が発見したように、ひとは気がついたときには生まれさせられていて、確実に待っているのは死。生きるというのは、その誕生から死までの過程でしかありません。

けれど、「目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見える」カゲロウの卵たちにしても、輝いている「光の粒々」なのです。



〈私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。〉の「せつなげだね」からは、こうした「生」を精いっぱい受け止めて前向きに生きようとする、すがすがしい姿がかいま見えてきます。