2017年4月19日水曜日

第二の黄金期②

このブログで再三引用したエントラルゴは「この世代が行動の世界にわずかに触れたあと、苦悩からスペインの夢想へ移行したことを、アントニオ・マチャードほど美しく明快に歌った人はいない」 として、『カスティーリャの野』の詩「若きスペイン(Una España Joven)」(1914) をあげています。その第1節に描かれているのは、彼らが青春時代に見出したスペインの実相です。


中傷と欺瞞の時代だった。
その傷口をさぐり当てぬようにと、彼らは
カーニバルの衣装をまとい深手を負ったスペイン全体を、
貧しくやせおとろえ酔いしれたものとした
Fue un tiempo de mentira, de infamia. A España toda,
la mal herida España, de Carnaval vestida
nos la pusieron, pobre y escuálida y beoda,
para que no acertara la mano con la herida.

詩人は、王政復古から間もないスペインの偽の陽気さを、表面的で愚かしい歓声を表現しています。手回し風琴からはチュエカの調べが流れ、祖国の力と安泰をスペイン人に信じこませました。後に「98年の世代」を形成することになる若者たちは、このようなスペインに目を開いたのです。

それは昨日のこと、われわれがまだほんの若者だったころだ。
それは不吉な前兆に満ちた荒れ模様の時代
われわれは裸のキメーラにまたがろうとしていた
そして海は難破者に飽いて眠っていた
Fue ayer; éramos casi adolescentes; era
con tiempo malo, encinta de lúgubres presagios,
cuando montar quisimos en pelo una quimera,
mientras la mar dormía ahita de naufragios.

まもなく彼らはみな、そうしたスペインの脆弱さと苦悩に満ちた運命に気づくことになります。カーニバルの笑い声のかげに1898年の不吉な前兆があったのです。海は眠り、海底には数世紀にわたる漂流のあいだに沈没した船がひしめきあっていました。未来の世代を構成する若者たちは夢想することを、艦隊を組むことを始めます。

汚れたガレー船は港に残し
沖をめざして黄金の船に乗り
陸地を期待せずに航海を楽しんだ
帆も錨も舵も海に投げ捨てて
Dejamos en el puerto la sórdida galera,
y en una nave de oro nos plugo navegar
hacia los altos mares, sin aguardar ribera,
lanzando velas y anclas y gobernalle al mar.

彼らは古いスペインというガレー船を捨てて、夢の船、つまり予測できぬ果てしなき旅に耐えうる夢想せるスペインという船に乗り組んだのです。夢の世界は現実の古い世界の上をさまよい、夢見る人々の目覚ましい働きは、新しい夜明けの光の下に道を開いたかのように思われました。

そのとき、われわれの夢の奥底から
――それは惨めに敗北して遠ざかっていった1世紀の遺産だ
暁の光が昇ろうとしていた、聖なる理念の光が
われらの擾乱と戦っていた
Ya entonces, por el fondo de nuestro sueño—herencia
De un siglo que vencido sin gloria se alejaba—
Un alba entrar quería; con nuestra turbulencia
la luz de las divinas ideas batallaba.

当時の若者たちは、真、善、美という永遠の理念のために戦いました。古びた背景を通して微かに見えると思われた光こそ、これら理念の光だったのです。しばらくのあいだ彼らは、自分たちの夢の勝利を目のあたりにできるのではないかと希望していましたが、じきに四散し、それぞれの道をたどり続けることになります。だれもが、あの過去が内包するバラ色の未来を信じていました。

だが各自おのが狂気の道をたどった
腕を鳴らし、おのが鋭気を頼りとした
鏡のように輝く武器をぬぎ、そして言った
「今日は日が悪い。だが明日は……私のものだ」
Mas cada cual el rumbo siguió de su locure;
agilitó su brazo, acreditó su brío;
dejó como un espejo bruñida su armadura
y dijo: 《El hoy es malo, pero el mañana... es mío》.

彼らの狂気はドン・キホーテの狂気でした。ドン・キホーテは神話の相の下に、ふたたびスペインの大地を馬で行きます。冒険の目的は何でしょうか。失敗以外のものが可能でしょうか。ドン・キホーテの冒険と同じように、この冒険においてもまた分限者フワン・アルドゥードが相変わらず若い召し使いをなぐり、旅籠は城のように見えた後も相変わらず旅籠でした。

今日は昨日のあの明日……そしてスペインはどこもかしこも
汚い飾りのついたカーニバルの衣装を着たまま
貧しく痩せ衰え酔っている
だが今日は苦いぶどう酒だ。それは傷口から滴る血
 Y es hoy aquel mañana de ayer... Y España toda,
con sucios oropeles de Carnaval vestida
aún la tenemos: pobre y escuálida y beoda;
mas hoy de un vino malo: la sangre de su herida.

もはや残された道は、各自の夢と希望のもっとも密かな部屋に入り込むだけ。それは、スペイン人たちのもう一つの伝道突子(カム)が、新たな希望へ、つまり新しくより高遠な冒険への駆りたてを魂の中に感じとるよう希望することでした。

君、青春の只中にいる若者よ、もし意志が
もっと高き頂から君のもとに至るなら、君は冒険に向かうだろう
きらめくダイヤモンドのように、汚れなきダイヤモンドのように
天上の光に目を開き、透き通れ
Tú, juventud más joven, si de más alta cumbre
La voluntad te llega, irás a tu aventura
despierta y transparente a la divina lumbre:
como el diamente clara, como el diamante pura.

エントラルゴが指摘しているように、マチャードはまさに「98年世代」の詩人でした。その精神にしたがって誠実に詩人としての使命を果たそうとしただけでなく、この世代の誕生とその冒険をも歌ったのです。

1939年、詩人は非業の死を遂げ、スペインはフランコ=写真=の独裁による閉ざされた時代へと突入しました。アントニオ・マチャードという詩人は「伝説」となり、スペイン再生を夢見た詩人の「戦略」は、次の世代に受け継がれていくことになります。

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