2017年4月21日金曜日

中原中也「早春散歩」①

ここでアントニオ・マチャードから離れ、きょうからしばらく私のブログで以前公開したこともある、日本の近代詩を読んでいきたいと思います。まずは、ちょっと時期を失した感がありますが、中原中也(1907-1937)の「早春散歩」をしばらく読みたいと思います。

     早春散歩

  空は晴れてても、建物には蔭があるよ、
  春、早春は心なびかせ、
  それがまるで薄絹ででもあるやうに
  ハンケチででもあるように
  我等の心を引千切〈ひきちぎ〉り
  きれぎれにして風に散らせる

  私はもう、まるで過去がなかつたかのやうに
  少くとも通つてゐる人達の手前さうであるかの如くに感じ、
  風の中を吹き過ぎる
  異国人のやうな眼眸〈まなざし〉をして、
  確固たるものの如く、
  また隙間風にも消え去るものの如く

  さうしてこの淋しい心を抱いて、
  今年もまた春を迎へるものであることを
  ゆるやかにも、茲〈ここ〉に春は立返つたのであることを
  土の上の日射しをみながらつめたい風に吹かれながら
  土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら
  僕は思ふ、思ふことにも慣れきつて僕は思ふ……


「早春散歩」は、原稿用紙に書かれたままの状態で、中也の死後に見つかった作品です。

原稿用紙は紀伊国屋製。グリーンの罫線で、400字詰め。四方に子持ち罫による囲みがあるタイプで、ブルーブラックインクの万年筆で記されていました。

題名には「早春」とあり、2行目には「春、早春」とありました。原稿用紙の種類やこれらの記載から、1933(昭和8)年早春の作と推定されています。

0 件のコメント:

コメントを投稿