2017年4月24日月曜日

中原中也「早春散歩」④

1925(大正14)年3月、中也は同棲していた泰子とともに上京します。中也は17歳、もうすぐで18歳になるというときのことです。

日大の予科などを受験するというのを口実にしましたが、替え玉受験を依頼したり、試験日にわざと遅刻して受験しなかったり。かと思えば今度は、受験のために予備校に通うのだといって両親らをごまかしていました。

そして山口の実家から、当時としてはサラリーマンの初任給よりずっと多かった80円、90円という送金をしてもらっていたのです。母のフクが「肝焼き息子」という生活の始まりです。送金は100円、120円とつりあがり、死ぬまで続いていきます。

秋山駿は「評伝」で次のように記しています。

〈これは、十七、八歳の乱暴さに賭けてでなければ行なえぬ、敢行の行為である。ヴァレリーは、自分の知る若干の天才の場合には、十九歳から二十四歳にかけての間に知的クーデターがあった、としているが、中原のこれは、それに先行する生のクーデターであった、といっていい。

しかし、その敢行の行為が、嘘を吐く(家に向って)、社会から見れば一種のインチキを踏み切り板にしているところに、中原の問題である。私が、中原における犯罪性と言ったのは、そこだ。むろん、そこはこの敢行の特徴を極端化するために言ったので、本当は犯罪性ではない。

嘘は、それを必要として自分の生の行手を賭ける者にとっては、嘘ではない、正当な行為である。むろん、嘘ではない、正当な行為である。むろん、中原はそう考えた。いま、すべてが赦されている、と。

――しかし、こういう生活の手段を生涯続けなければならない、と思うようになってからは、いったいこういう行為とその生とは、赦さるべきものなのか、それとも赦されないのか、という自問自答を、中原は無限に繰り返すようになる。

「生の罪」、あるいはこれを逆転して、「罪としての生」といった音調のものが、彼の詩の根底を流れ出す。〉(『新潮日本文学アルバム・中原中也』)


上京した翌月の1925(大正14)年4月、富永太郎と親しかった小林秀雄=写真、wiki=と知り合います。

この運命的な出会いによって、日本の近代文学史上よく知られた“奇怪な三角関係”がはじまることになるのです。

その年の11月12日、肺病を患い闘病生活を続けていた富永太郎が、酸素吸入器のゴム管を「きたない」と自ら取り去り、24歳の若さで死にます。

その直後、泰子は中也のもとを離れて小林秀雄のところへ走り、同棲を始めるのです。

そのあたりの詳細は、有名な大岡昇平の『朝の歌』につづられている。ここでは、小林自身が後に書いた「中原中也の思ひ出」(昭和24年8月『文藝』)の一節をあげるのに留めておきましょう。

〈私は中原との関係を一種の悪縁であつたと思つてゐる。大学時代、初めて中原に会つた当時、私は何もかも予感していた様な気がしてならぬ。尤も、誰も、青年期の心に堪へた経験は、後になつてから、そんな風に思ひ出したがるものだ。

中原に会つて間もなく、私は彼の情人に惚れ、三人の協力の下に(人間は憎み合ふことによつても協力する)奇怪な三角関係が出来上り、やがて彼女と私は同棲した。この忌はしい出来事が、私と中原の間を目茶目茶にした。

言ふまでもなく、中原に関する思ひ出は、この処を中心としなければならないのだが、悔恨の穴は、あんまり深くて暗いので、私は告白という才能も思ひ出といふ創作も信ずる気にならない。

驚くほど筆まめだつた中原も、この出来事に関しては何も書き遺してゐない。だゞ死後、雑然たるノオトや原稿の中に、私は、「口惜しい男」といふ数枚の断片を見附けただけであつた。夢の多すぎる男が情人を持つとは、首根つこに沢庵石でもぶら下げて歩く様なものだ。

そんな言葉ではないが、中原はそんな意味のことを言ひ、さう固く信じてゐたにも拘らず、女が盗まれた時、突如として僕は「口惜しい男」に変つた、と書いてゐる。が、先きはない。「口惜しい男」の穴も、あんまり深くて暗かつたに相違ない。〉

中也や秀雄たちの青春は、「宗教風の恋」を問うたような賢治とはかなり異質なものだったようです。それはともかく、こうした“奇怪な三角関係”のころに作られたと考えられる作品の中に、つぎのような春の詩があります。

      春

  春は土と草とに新しい汗をかゝせる。
  その汗を乾かそうと、雲雀〈ひばり〉は空に隲〈あが〉る。
  瓦屋根今朝不平がない、
  長い校舎から合唱は空にあがる。

  あゝ、しづかだしずかだ。
  めぐり来た、これが今年の私の春だ。
  むかし私の胸を搏〈う〉つた希望は今日を、
  厳〈いか〉めしい紺青〈こあを〉となつて空から私に降りかゝる。

  そして私は呆気〈ほうけ〉てしまふ、バカになつてしまふ
  ――藪かげの、小川か銀か小波〈さざなみ〉か?
  藪かげの小川か銀か小波か?

  大きい猫が頸ふりむけてぶきつちよに
  一つの鈴をころばしてゐる、
  一つの鈴を、ころばして見てゐる。

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