2017年5月1日月曜日

中原中也「早春散歩」⑪

1934(昭和9)年10月18日に、長男文也(ふみや)が生まれました。嬉しい出来事は続きます。その翌月には、小林秀雄の紹介で、文圃堂が詩集の出版を引き受けることになったのです。装丁は高村光太郎に依頼されました。12月、中也生前の唯一の詩集となる『山羊の歌』がついに刊行されました。


最愛の息子との生活について、後に中也は日記の中で「文也の一生」と題し、次のようにつづっている。

〈昭和九年(一九三四)八月 春よりの孝子の眼病の大体癒つたによつて帰省。九月末小生一人上京。文也九月中に生れる予定なりしかば、待つてゐたりしも生れぬので小生一人上京。

十月十八日生れたりとの電報をうく。八白先勝みづのえといふ日なりき。その午後一時山口市後河原田村病院(院長田村旨達氏の手によりて)にて生る。生れてより全国天気一ヶ月余もつゞく。

昭和九年十二月十日小生帰省。午後日があたつてゐた。客間の東の六畳にて孝子に負はれたる文也に初対面。小生をみて泣く。それより祖母(中原コマ)を山口市新道の新藤病院に思郎に伴はれて面会にゆく。祖母ヘルニヤ手術後にて衰弱甚だし。

(十二月九日午後詩集山羊の歌出来。それを発送して午後八時頃の下関行にて東京に立つ。小澤、高森、安原、伊藤近三見送る。駅にて長谷川玖一と偶然一緒になる。玖一を送りに藤堂高宣、佐々木秀光来てゐる。)

手術後長くはないとの医者の言にもかゝはらず祖母二月三日まで生存。その間小生はランボオの詩を訳す。一月の半ば頃高森文夫上京の途寄る。たしか三泊す。二人で玉をつく。高森滞在中は坊やと孝子方部屋の次の次の八畳の間に寝る。祖母退院の日は好晴、小生坊やを抱いて祖母のフトンの足の方に立つてゐたり、東の八畳の間。

三月二十日頃小生腹痛はげしく三四日就床。これよりさき一月半ば頃坊や孝子の乳房を噛み、それが膿みて困る。三月二十六日呉郎高校に合格。この頃お天気よく、坊やを肩車して権現山の方へ歩いたりす。一度小生の左の耳にかみつく。

四月初旬(?)小生一人上京。四月下旬高森淳夫上京アパートに同居す。六月七日谷町六二に越す。高森も一緒。六月末帰省。七月十日頃高森文夫を日向に訪ぬ。三四日滞在。七月末祇園祭。花火を買ひ来て坊やにみす。八月十日母と女中と呉郎に送られ上京。

湯田より小郡まではガソリンカー。坊や時々驚き窓外を眺む。三等寝台車に昼間は人なく自分達のクーペには坊やと孝子と自分のみ。関西水害にて大阪より関西線を経由。桑名駅にて長時間停車。上京家に着くや坊や泣く。おかゆをつくり、少し熱いのをウツカリ小生一匙口に入れまた泣く。

九月ギフの女を傭ふ。十二月二十三日夕暇をとる。坊や上京四五日にして匍(は)ひはじむ。「ウマウマ」は山口にゐる頃既に云ふ。九月十日頃障子をもつて起つ。九月二十日頃立つて一二歩歩く。間もなく歩きだし、間もなく階段に登る。降りることもぢきに覚える。

拾郎早大入試のため三月十日頃上京。間もなく宇太郎君上京、同じく早大入試のため。坊や此の頃誰を呼ぶにも「アウチヤン」なり。拾郎合格。宇太郎君山高合格。八月の十日頃階段中程より顛落。そのずつと前エンガワより庭土の上に顛落。

七月十日拾郎帰省の夜は坊やと孝子と拾郎と小生4人にて谷町交番より円タクにて新宿にゆく。ウチハや風鈴を買ふ。新宿一丁目にて拾郎に別れ、同所にて坊やと孝子江戸川バスに乗り帰る。小生一人青山を訪ねたりしも不在。すぐに帰る。坊やねたばかりの所なりし。

春暖き日坊やと二人で小澤を番衆会館アパートに訪ね、金魚を買つてやる。同じ頃動物園にゆき、入園した時森にとんできた烏を坊や「ニヤーニヤー」と呼ぶ。大きい象はなんとも分からぬらしく子供の象をみて「ニヤーニヤー」といふ。豹をみても鶴をみても「ニヤーニヤー」なり。

やはりその頃昭和館にて猛獣狩をみす。一心にみる。六月頃四谷キネマに夕より淳夫君と坊やをつれてゆく。ねむさうなればおせんべいをたべさせながらみる。七月淳夫君他へ下宿す。八月頃靴を買ひに坊やと二人で新宿を歩く。春頃親子三人にて夜店をみしこともありき。

八月初め神楽坂に三人にてゆく。七月末日万国博覧会にゆきサーカスをみる。飛行機にのる。坊や喜びぬ。帰途不忍池を貫く路を通る。上野の夜店をみる。〉

ところが、出生から2年後、予期せぬ不幸が襲います。「坊やの胃相変わらずわるく、終日むづかる」と日記に書かれた約1週間後の1936(昭和11)年11月、文也病没。愛するわが子を失った悲痛のなか、中也は春にかかわる次のようなソネット風の詩も残しています。

     また来ん春……

  また来ん春と人は云ふ
  しかし私は辛いのだ
  春が来たつて何になろ
  あの子が返つて来るぢやない

  おもへば今年の五月には
  おまへを抱いて動物園
  象を見せても猫〈にやあ〉といひ
  鳥を見せても猫〈にやあ〉だつた

  最後に見せた鹿だけは
  角によつぽど惹かれてか
  何とも云はず 眺めてた

  ほんにおまへもあの時は
  此の世の光のただ中に
  立つて眺めてゐたつけが……

0 件のコメント:

コメントを投稿