2017年5月16日火曜日

北村太郎「五月の朝」⑪

田村隆一とその戸籍上の妻の和子との間の奇妙な三角関係に疲れ切って、1981(昭和56)年からはじめた横浜市・大芝のアパートでの独り暮らし。

太郎は「経済的には本当に参ったんですけれど、楽し」い生活を送っていたのですが、当時、精神的に不安定になっていた和子との関係が切れたわけではありませんでした。

〈ここでもう一度、どうして鎌倉を出たかというと、こういうことがあったんです。鎌倉でぼくは朝と昼くらいは自分で作って食べていたけれど、へんな話ですが旧知の仲のよしみで、A子さんの元亭主が「それならうちに来て食えや」っていう。

その人は酒が好きで、ぼくはほんの少ししか呑めないので、世間一般の話をしている。けれど、なんかの拍子でちょっと意見がくい違うと興奮してしまう。一番かわいそうだったのは、口論なんかをすると、A子さんがオロオロしちゃう。

自分の戸籍上の亭主と恋人といっしょに飯食っていて二人が喧嘩するというんだから、身のおきどころもない。そんなこともあってA子さんがちょっと精神に異常をきたしたんです。それでぼくは精神病院に連れていった。そんなにひどいことはなかったけれど、ときには入院させることもあった。

ぼくの立場も不可解なものだったけれど、A子さんの亭主っていうのは酒呑みで、普段はわりと正常なんですけれど、呑むとわけがわからなくなって、A子さんをいじめる。そんなことでまたおかしくなって、やはり越したほうがいいとなった。

越したあともぼくは何度も病院に見舞いに行ったけれど、入院のときには亭主の許可が必要だっていうのに、元亭主は見舞いにもこないっていう。横浜から鎌倉まで行って、そこからバスに乗って山の上にある病院に見舞いに行く。けれど、そんなに病気は重くない。

どうしてそれが分かったかというと、精神病院の中の情景をこと細かにおもしろく話してくれるんです。精神がおかしかったら、そんなことできっこない。たいしたことはないと思ったわけです。だいぶよくはなったけれど、いまだにその病院には通っている。

よく考えてみれば、グロテスクな話だ。亭主は被害者だっていうことを声高にいうけれど、たしかにぼくほうが悪い。A子さんがそうなったについてもぼくのほうに責任がある。

考えるといやになったりして。そのときの日記にも書いたけれど、「ぼくはひょっとしたらいろいろな人を駄目にする星に生まれているのかもしれない」という気もして、本当に参った。

一九八六年(昭和六十一年)十月、鮎川が急死したんですが、その少し前にA子さんが自殺未遂をやったんです。いつだったか、彼女とこういいあったことがある。

「わたし死ぬなら横須賀線に飛び込んで死ぬから」「冗談いうな。世間知らずだから呑気なこというけれど、死体はきたねえし、横須賀線が止まったら国鉄が損害賠償で関係者に何千万円という賠償金を請求するから、そんなくだらないことやめろ」と。

ところで、ある日、夜の十二時前後に「わたし、今日死にます」って電話がかかってきて、ブツッと切れた。ぼくは面倒だからいいやなんて思いもしたんだけれど、これは本気だ、横須賀線に飛び込むんだと分かったから、駅に電話して横須賀線の最終電車の時間を聞いたら、あと三十分くらしかない。

これは大変だと、横浜駅までタクシーで行って、助役にこれこれの女の人が自殺するといっているから救けてくれとかけ合った。彼女は自殺する場所もいっていた、逗子の七越えというところが一番いいと。最終電車なら人に迷惑かからないと思っている。

そうするうちに、捕まえましたという連絡があったんです。睡眠薬でフラフラになって飛び込む寸前、とっつかまえた。運転手も徐行してくれたらしい。そのとき彼女はみんなに手紙を書き残している。「わたしは死にます」と。十分まちがったら駄目だったにちがいない。〉(『センチメンタルジャーニー』


ひとつのちょっとした誤解やいさかいが、とり返しのつかない亀裂を生んだり、心のありようや認識を乱したり、記憶の崩壊をまねいたり。そんなリスクといつも隣り合わせで、わたしたちは生きています。

『笑いの成功』=写真=は「五月の朝」のような軽めで明るい作品が多い詩集ですが、中には、精神を病んだ「A子さん」の世話をしていたころの微妙な心模様をうかがわせる、こんな詩もあります。

    暗号

  わたくしは数人の友だちにかこまれて
  長い手紙を読んでいた
  その書き手がそこにいたので
  これ、Qくんのだよね、と
  人さし指の向こうで声がし
  わたくしは自分が言いまちがえたのに気づいた
  すると長い手紙の内容が
  とつぜん意味不明になってしまい
  わたくしは蒼白になって便箋を何度も繰った
  言いまちがえによって
  書き手まで不明になっていくように思われ
  すごく胸が苦しくなった
  目ざめるとまだ夜なかであって
  わたくしのベッドをとりかこんでいる
  いくつかの人影が見えた

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