2017年5月19日金曜日

「病牀六尺」の力①

ドイツの詩人ハインリヒ・ハイネ(1797-1856)=写真、wiki=が、最晩年に作った「Wie langsam kriechet sie dahin,」で始まる4行詩を訳してみました。

  なんとゆるやかに這っていくことだろう
  時間というむごたらしいカタツムリは
  なのにぼくはぜんぜん動けず
  かわり映えなきこの六尺に置かれたままだ

  ぼくのくらい独房にはひとすじの陽光も
  一条の希望のかがやきも射してはこない
  この宿命的なふしどと取りかえられるのは
  ただ墓場の穴ぐらしかありはしない

  たぶんぼくはずうっと前から死んでいるんだ
  夜になると脳髄でくりひろげられる
  いろとりどり仮装の列をなす幻想は
  たぶん幽霊たちのなせるわざ

  それは幻影にちがいあるまい
  古い異教の神たちのはらからだろう
  やつらは詩人の屍のドクロを
  ご機嫌な遊び場にえらんだ

  おそろしくも甘美なるオルギア
  この夜ごとに狂いまくる百鬼夜行を
  朝にはおりおり詩人の死んだ手が
  書きつくそうと探りもとめているのだ


ハイネが生前まとめた最後の詩集は『1853・54年詩篇』で、死の2年前、1854年10月に、ホフマン・ウント・カンペ社から出された『雑録集』(全3巻)の第1巻として刊行されました。

私が訳したこの詩は、『1853・54年詩篇』にある「続ラザロ詩篇」の一篇です。これは、ハイネの主要な詩集の一つ『ロマンツェーロ』のなかにある「ラザロ詩篇」の続篇にあたります。

1893年にカルペレスが『ハイネ著作集』を編んだときには、『ロマンツェーロ』以後の詩すべてを「最後の詩集」と名付け、そのなかに『1853・54年詩篇』も編みこまれました。

この訳詩に出てくる「カタツムリ」は、殻軸筋と呼ばれる筋肉で殻内の殻軸部に付着させ、この筋肉を収縮させることで体を殻内に引き込んで運動します。平均的な速さ時速6メートルほど、移動速度の世界記録は9.9メートルに達するそうです。

「オルギア」は、古代ギリシアにおいて一部の秘儀宗教カルトに見られた陶酔的な礼拝の形態のことです。特にディオニューソスを祀るカルトの儀式がこう呼ばれました。

かがり火のそばで、はめをはずした仮面舞踏が行われ、ティーターンたちが神々を苦しめたことを想起させるように生贄が切り刻まれていったそうです。

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