2017年7月24日月曜日

日夏耿之介「漂泊」「遊民序歌」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   漂泊

「女性」と呼べる声あり
さながら凱歌のごとく世界(よ)に満つ
他は野犬の徒らに吠え続くるあるのみ
星は眼(まなこ)血走りて切(しき)りに星座を離れ
地は息づかひ激しく脈搏(みやくう)てり
ひたすらに 風吹(ふ)き浪あれ
あまつさへ 黄金(こがね) 山に吹き出で
白銀(しろがね) 谿(たに)に流れいでたるさへあるに
いま われ何地(いづち)いづくに漂泊(さま)よふらむか

   ◇

「漂泊」は、流れただよう、所を定めずさまよい歩く、さすらうこと、流浪。

「あまつさへ」は、「あまっさへ」の「っ」を、促音でなく読んでできた語で、別の物事や状況が、さらに加わるさま。特に悪い事柄が重なるときに多く用いられます。

「何地(いづち)」は、どこ、どの方向。方向や場所についていう不定称の指示代名詞。平家物語に「おのれはとうとう、女なれば、いづちへも行け」とあります。「いづく」も、どこ、どちらといった意で、同じく平家物語には「薩摩守忠度は、いづくよりや帰られたりけん」などとあります。


   遊民序歌

心つねにたはむる
 ――人かく云へり われもまたかく信ず――
偉(おほ)いなるたはむれよ
触手ある飛躍よ
飢者の餌(ゑば)を漁るがごとき
少人(せうじん)の春に憧がるるがごとき
警吏の自動車に轢殺せらるるがごとき
航空機の時ありて墜落するがごとき
おごそかなる確性(かくせい)の実事にして
崇(たふと)ぶべき真理のかげなり

すべて戯れは道義の一也

   ◇

「触手」というのは、主に無脊椎動物の、頭や口の周囲から伸びる柔らかい突出部分=写真、wiki=のことをいいます。感覚細胞が多く分布し、触覚や捕食の働きをします。

「轢殺」は、電車や自動車などの車輪でひき殺すこと。

「実事」(じつごと)は、一般には、真実であること、真剣であること。歌舞伎では、判断力を備え、人格的にすぐれた人物の精神や行動を写実的に表現する演技のことをいいます。

0 件のコメント:

コメントを投稿