2017年7月25日火曜日

日夏耿之介「坂路に於ける感触」「白き足」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   坂路に於ける感触

日は 黄色(わうじき)に膿み爛(ただ)れ世界(よ)に腹這ひ
凡て物象は三稜形灰白の墳墓を築く

わが肉は青白き衰耗面紗(すゐもうめんさ)に臥し隠れて
わが心は裂傷の神経性疼痛に戦きけり
しかれどもわが便乗の街上電車のみは
限りなく凄まじき偏盲の惰力に奔馳(ほんち)す

その警鈴(べる)は 紅き点線の誇張ある継続にして
車台は海嘯の相(かたち)して今坂路(はんろ)を溢れ下らむとす
不思議なる法悦はかの春潮の若(ごと)くはやく
悪運の前知に慄(わなな)くわが胸の小函をみせたり

わが心はかの若く美しき阿嬢子が
天鵞絨(びろうど)の繊巧ある水落の周辺なり

   ◇

「衰耗」衰え弱ること。

「面紗」はベール、「黒色の長い面紗をかぶり」(永井荷風「ふらんす物語」)。

「海嘯」は、海鳴り、あるいは満潮のとき、河口に入る潮波の前面が垂直の高い壁状になって砕けながら川上に進む現象をいいます。

「阿嬢子」は、「お嬢さん」ということでしょうか。


   白き足

人人は木彫の静止を保ち
小景の両側(りやうそく)に群り集ふ

急行列車のひと列(つら)は
心みち気驕れる青年侍従が
ことさらなる厳峻の威容以て
いづくよりか奔り来りぬ

年老いし踏切番は
冷殺の微笑とともに
把手を手にとり持ちつつ
若き犯婦の白き足を
淡紅の半霄(なかそら)高くささげたり
されど列車は 躁狂者の悲鳴を放ち
いち早くその常軌により逸し去りぬ
踏切番の老人は私語しつつその静居にかくれ
人人はその硬直を自ら解きていま蠢動す

   ◇

「把手」(はしゅ)は、手に握る部分、取っ手のこと。

「躁狂者」は、ある事に非常に熱中している人、マニア、神がかり、気違い、といった意味があります。

「蠢動」(しゅんどう)は、虫などがうごめくこと、物がもぞもぞ動くこと。「不満分子が蠢動している」などと、つまらないもの、力のないものなどが騒ぎ動くことに使います。

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