2017年7月28日金曜日

日夏耿之介「古風な月」「聖痕」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   古風な月

泪(なんだ)にみてる無際涯の気海を
漕ぎゆくは ぴかぴかとひかる
もの古りし鍬形兜に前飾られし
三日月のごとき夫(か)の光の快艇(ヨット)なり
風 天心より吹きいでて
岡と森とその緑を環(めぐ)る掘割と
掘割に泛ぶ難破せし笹舟と
夜警の巡邏(じゆんら)のごとく彳(た)ち睡れる煙突と
天主公教会の堂母の破風(はふ)とを
揺曳ある迷景に顫動せしむるとき
(こは雨をふくみて黙せる卯月の夜なり)
われは なにとはなくも固定表情の
神楽舞に用ゆる滑稽にして神厳なるべき
翁面(おきなめん)の抽象凝視を想ふ
こころ このとき歩みを歇(とど)め
たよりなき小乗の感傷性に殉死せむとし
ひたすらに肉情の奔躍を蔑視しつつ
絶望を育める更生者のありて
月蝕の夜の十字街に索迷せるさまに
また かの蘇生(よみが)へりしモナ・リイザの幻に眼(まなこ)釘打たれて
くごもりつ くごもりつ
巌間(いはま)を迸(ほとば)しる小泉の爆声は
息つまり からくも叫ぶ也
ああ 古風なる月よと

   ◇

この詩の入った「古風の月」という節のタイトルには「ユピテルは、恒に、サツルヌスの胃を免れる。――アルテュル・ゴビノオ『文芸復興』第二版序」という但し書きがあります。

「鍬形」は、鍬をかたどったところから、「兜」(かぶと)の前部につけて威厳を添える一種の前立物をいいます。時代劇などでよく見かけるように、金属や練り革で作った2本の板を、眉庇につけた台に挿して角のように立てたもので、長鍬形、大鍬形、獅噛(しがみ)鍬形、三つ鍬形などの種類があるそうです。

「天主公教会」は、ローマ-カトリック教会の明治・大正期の呼び名です。公教会とも略されます。

「顫動」は、小刻みにふるえ動くこと。

「神楽舞」(かぐらまい)は、神前で奏する、日本古来の舞い。


   聖痕

かかる宵
熱疫(や)める満月はあまた磋嘆(さたん)し
星どもことごとく嘲笑せり
心忙しく茂林を漫歩(そぞろあ)りきつつ
わが哀傷の聖痕(すてぐまた)を凝視(みつ)めたり
また われは如何なる物欲に心牽かれざるべし
この地球のきしめき自転(めぐ)るにつれても
素秋(あき) 中空にはびこりつ
まま 冷たき夜風這ひ蟠居(わだか)まりぬ
わびしき限りなければ
白く暖き寛衣(がうん)に この身ふかく匿(かく)れ
いづくの里に赴くならむ
たえず つぶやきて
ああ『月魄(つき)は涓(なが)れぬ』と

   ◇

「磋嘆」はなげくこと、あるいは感心してほめるという意味。嘆息磋嘆ということばもあります。

「蟠居」(ばんきょ)は、根を張って動かないこと、わだかまること。その地方一帯に勢力を張っていることをいいます。

「寛衣」(かんい)は、ゆったりと大きく仕立てた着物のことで、ここではガウンをイメージさせています。



「涓」は、音読みだと「ケン」。小さい流れ、水のしずく、わずか、きよめる、などの意があります。

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