2017年7月31日月曜日

日夏耿之介「神学教授」「挨拶」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   神学教授

空気は春にぬるみ
雲しどけなく泪(なんだ)ぐみ
水流は環舞宴(くわんぶえん)にのぞみ
大いなる顔上天(じやうてん)に形(あらは)れて
神学教授の瞳まことに青し

   ◇

「神学」は宗教、特にキリスト教で、その教理を体系化し、信仰の正統性や真理性、さらに、その実践について研究する学問。ヨーロッパの大学で神学部は、最も古くからある学部の一つです。

「環」は、輪の形、めぐって端がないこと、一まわりまわる、めぐる、めぐらす、かこむこと。「環舞」という踊りがあるのでしょうか?。

「上天」には、そら、天、天上、天上界の中ですぐれている方の天などの意があります。


   挨拶

われ感ず
存(ながら)ふる積儲(もの)の挨拶を
わがこころの曠野に落日(いりひ)して
わが哀憐(あいれん)の花苑(はなぞの)にひと村雨(むらさめ)しければ
はたた神 世を領(しろ)し
雨後の清純こそ来りたれ
われ感ず
存ふる積儲の挨拶を

   ◇

「積儲」は、本来は「蓄(たくわ)える」という意味のようです。

「村雨」は、強く降ってすぐ止む雨のことをいいます。「群れた雨」の意で、群雨、叢雨とも書きます。歌川広重の「東海道五十三次/庄野・白雨」=写真、wiki=の白雨も村雨のこと。



「はたた神」は、はたたく神の意味で、激しい雷を指します。夏の季語で、たとえば山口青邨に「はたた神下りきて屋根の草さわぐ」という句があります。

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