2017年8月5日土曜日

日夏耿之介「太陽は世界を牽く」

  きょうは『転身の頌』の最期の詩「太陽は世界を牽く」です。

   太陽は世界を牽く

太陽は世界を牽(ひ)く
世に日蝕(につしよく)あり
かかる日の午後
片丘(かたをか)に攀(よ)ぢ登りて
地平の上に浮動する嗤笑(わらひ)を見む
恐らくもつとも聖くされどかすかなる
まことの笑ひを

若し夫れ裸蟲(らちゆう)たるあらば
赤くややすさみ肥(ふと)れる対斉(たいせい)を見
また怪綺なる
嬌媚の瞳に露じめる単純の騒音をきくべき歟
最後にかかる懐瑾(くわいきん)の火のひまびまにありて
ほとんど私語のごとき喘鳴の冷たさを感ず
すべてこれ心なり


「片丘」は、片方が低くなっている丘、または、丘の片側のこと。孤立した丘をいうこともあるようです。

「裸蟲」は、羽毛鱗介のない生物。人もそうです。

「懐瑾」は文字通りにみれば、胸中の固くて美しい玉。

「喘鳴」(ぜんめい)は呼吸のとき出るぜいぜい、ひゅうひゅうという音のことです。

   ◇

ここまで耿之介の『転身の頌』を、ざっと眺めてきましたが、これらのなんとも難解な詩を読み解く力は、いまの私にはありません。

それは将来への「宿題」としおき、ここでは耿之介のこの最初の詩集が、萩原朔太郎の第1詩集『月に吠える』と同じ1917年に刊行されていることに注目しておき、ひと区切りとしておきます。

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